第656話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 中 ②
獣人の兵士達が伝令旗を掲げ、関へと進む。
すると弓兵が関壁に現れる。
「うわぁ〜無駄な事を。馬鹿なんですかねぇ」
サーレルの白々しい言葉に、イグナシオと他の兵士は表情を崩さない。
無駄で愚かだとしても、これがここでの当たり前なのだ。
「この西風の中、逆風で矢が届くと考えているのでしょうか?」
「剛弓には見えんが、届くんじゃないか」
「あんな貧弱な矢が刺さると?」
「そもそも中央軍に武器を向けるという行為は気にならんのか?」
「獣人を野蛮人とし、人と認めぬ輩ですよ。
そもそも彼らの言う人の定義は、我々で言うところの蛆虫の事なんでしょう。
我々のように言葉を話し知性をもった存在は、彼らのいう人ではない。
なら、アレ等が言う通り、アレ等こそが蛆虫と同じ。
蛆虫という名の人なのでしょう。」
「何を企んでいる?」
「ふふっ」
重武装の獣人兵に、通常の金属矢は刺さらない。
火薬玉のように金属片混じりならば、多少はやれるか。
等と、イグナシオが考えていると、正面の柵扉が上がる。
「あれ、攻撃しないんでしょうか?」
「残念だったな。
流石に盲目でも無い限り、ダマスク合金の重武装ぐらいはわかるだろう。
矢が刺さらぬではない。矢が折れる。」
「いえ、ただ、愚かも極まれば、お約束でやらかすかと」
「三文芝居の悪党ではない。
関の兵士ならば、それなりに教育もされている、..かもしれない」
「貴方も信じていない事を、私が信じると思いますか?
彼らには、まっとうな人間性など無いでしょう。」
本来は開門の後に、関壁内の低い柵などがある通路に入れて、門番と役人が改めるという手順だ。
だが、武装集団の到来に、外門の柵だけが引き上げられ、関壁の内扉は閉じたままだ。
正面の大扉、外門と呼ばれる最初に引き上げられた柵扉の横、大きな石柱にある鉄格子の覗き窓の方へと声をかける。
が、反応が芳しくない。
「もめてますねぇ、馬鹿ですねぇ」
楽しそうな相方の様子に、イグナシオはため息をついた。
何を企んでいるのか、常に無い煽りが気になる。
気になってもどうせ何も先には教えないのが、サーレルだ。
役目もあるが、性格がねじ曲がっている。
「王国軍伝令旗を掲げる者の到来に、何も返さぬのは敵対行動としてもいいんですよねぇ。
まさか、マレイラに存在する武装獣人の集団が、ただの観光客だとでも思っているのでしょうか?
まぁ敵対行動をとるというのなら、我々も大門に大穴を開けるしかありませんよね。
我々は公王陛下の命に従うのが筋ですし、それを阻む
という事で、攻撃をしますけど、開門するか逃げるか、それともあくまでも戦うというのなら、準備をどうぞ」
わざわざ大声で言う男に合わせて、イグナシオは仲間に火薬弾を配布する。
どちらにしろ、そろそろ配っておくつもりだったので、別段、ここで使うからという訳では無い。
ただ、石壁の上にいる弓兵からは、その火薬弾とイグナシオが称する代物が、どうみても攻城兵器用の超火力である事が見て取れるだろう。
もちろんイグナシオの愛用品なだけで、特別な品の配布ではない。
だが、それを知るのは仲間内だけの話しだ。
「ははっ、何だか悪役みたいですよねぇ〜」
馬上で笑う男に、イグナシオはため息をついた。
相手にしてみれば、武装獣人の集団なぞ、恐ろしいだけだろう。
それも爆薬と武器を満載した荷駄まで引いている。
どうみても何処かを焼き払いに行くか、殺しに向かう集団にしか見えない。
己を返り見る必要がないほど、悪役そのものだ。
そして悪役に、関はなすすべもなく開くというわけだ。
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