第655話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 中 ①


「この辺りの男、すべてとなるぞ」

「駐留獣人部隊以外を派兵しないとしたのは、別に外交問題がどうのという話しではない。

 事態を深刻にとらえたからです。

 近似種である短命種が無事とは証明できていませんしね。

 東だけに、又、特別に慈悲をかける。

 それなりの理由を用意せねば、軍内部も納得しないのもあります。」

「つまりある程度の結論がでているのだな」


 昏いイグナシオの表情を見て取り、サーレルは笑みを消した。

 彼にしても決して誰かの不幸を望みはしない。

 誰かが失うのを笑う気はない。


「そうです。

 大枠の篩ですが。

 地元の医者は口を噤みました。

 ですが記録は残しています。

 不穏な事柄を読み取っていたのかも知れませんね。」


「病で間違いないのだな?」


「エンリケは変異者の類似点を纏めました。

 まぁ地元の医者が口を噤むのですから、答えは推測できますが。

 それでも事実を積み上げねば証明とはなりません。

 彼らは変異者を捕獲し解剖し、焼却をしながら記録を纏めました。

 身元をあきらかにし、どうしてのかを調べたのです。」


「長命種で東マレイラの男、か」


「今朝の焼き討ちを覚えていますか?」


「何だ急に」


「城塞の風見鶏は、コルテスに連絡をつけると約束しました。

 そして我々は、こうしてボフダンへと向かう。

 それに我々は神ではないし、殉教者でもない。

 貴方は神の徒でしょうけれどね。」


「どういう、話し..」


 相手を睨んでいる内に、イグナシオの顔は更に昏くけわしくなった。


「..不届き者め」


 ニヤッとサーレルが嗤う。

 彼が嗤うは、失う道をの方だ。

 無辜の民とやらを嘲笑いはしないが、自ら好んで破滅に向かう者に慈悲はない。

 助けを拒むのならそれでよし。

 獣人を蔑む輩は滅びればよい。

 とは言わぬが、助ける必要もない。

 少なくとも王国中央を支配するのは神ではないからだ。

 再び笑い出した男に、もう一度、イグナシオは言った。


「不届き者め」


 つまり、が発症していると、中央は結論を出したのだ。

 それが広がるか否か、人種を越えてくるか。

 その結果次第で、東は消えるだろう。


 ***


 翌日は風が吹いていた。


 目の前の関は、ボフダンの領境手前にある。

 故に塀は高く、視界右から左、南から北へと山へ向かって続いていた。

 関そのものは、小さな町を抱えた小砦だ。

 その小砦から伸びる塀は、想像していた物よりもシッカリとしており、無断でその塀を越えるにも面倒な長さとなっている。

 監視塔は正面門を挟んで2つ。

 ボフダン側に一つである。

 通り抜ける距離は短いが、常駐するシェルバン兵は、中隊規模だ。

 三百人程度と考えると、面倒くさい。

 殺さずに通るという条件ではだ。

 無差別に殺し押し通るなら、半刻もかからぬだろう。

 だが、イグナシオは王国の兵士であり、騎士の称号も持ち、信徒である。

 いちばん重要な肩書は、神の国の住人であるからして、賊徒の真似事をするつもりはない。


「ちょっとイラッとしたと言って、火薬をばらまいてもいいんですよ。

 今回は目をつぶりますし、私。」

「寝言をほざくな、この不届き者が」

「まだ、その呼び方をするんですか?

 まぁ実際そうなんですけどねぇ。

 でも、これでも元老院の所属兵としては良心的なんですよ。

 まだ、人間性は豆粒ぐらい残ってますし。

 同じ種族や女子供には優しくしてるでしょう?」

「日々、仲間で毒耐性の実験をしているのにか?」

「一般人の被検体を募るエンリケよりは、まともですよ」

「あちらは、きちんとした医者だろう」

「私だって毒物に関しては著書も出していますよ」

「...軍部で評価が高くなければ、犯罪者だぞ」

「本気で言われると、ちょっと悲しいです」

「言っておくが、俺だとて世の普通が何であるか知っている。

 排他的な種族にいちいち関わり合う気は無い。」

「焼かないのですか?」

「俺を何だと思ってるんだ?」



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