第33話 油断 ③

 人族短命種を基本に、寿命を百年とする。

 それより長生きはするだろうが、これを元にする。

 長命種は三倍から五倍。

 獣人の長命系も同じぐらい、そして短命だと人族の二分の一。

 そして亜人だ。

 亜人は、人族短命種より短い。

 中央大陸オルタス以外の亜人の可能性はある。彼らの中にも非常に長命な種もあるだろう。

 だが、王国において亜人の寿命は長くない。

 そして私は既に、亜人の成長限界の年齢だ。

 それなのに外見は、やっと少女にさしかかる程度。

 では、長命種の先祖返りか?

 と、なるが、これは混血や遺伝の法則上難しいのだ。


 本当は、皆、村の皆も、御領主も知っているんだろう。


 私が誰の子にもならず教育を施され、森に入っているのも、すべて繋がっている。

 けれど、それは冷たさや悪意ではない。

 長く一緒に生きてきた。

 皆、優しかった。

 偽りはあるかもしれないが、彼らの善さも知っている。


 私の心の中の、孤独は、彼らの所為ではないのだ。


 と、自分の内に沈み込んでいると、視界が揺れた。

 正面の舞台の残骸、その中央の空気が揺らいでいる。

 私は、背後の男に小さく声をかけた。

 瞬時に男の意識が戻る。

 目だけを動かして辺りを伺う。

 私の方は、正面の揺らぎが収まるかと見つめ続けた。

 揺らぎ、靄が色を濃くし、形をとりつつある。

 白い靄は蠢き、何か明確な形をとろうと藻掻いていた。

 靄は存在を持ち、震々と震える。

 その震えが、不意に風となって舞台上から飛び出した。

 一迅の風となり、それは天井へと吹き抜ける。

 すると天井に群れていた生き物が鋭く鳴き、羽ばたいた。


 揺らぎ靄となり、今は黒い刃物のような風が音を立てて吹き抜ける。

 それは農夫の大鎌のような形をした斬首刀のように見えた。

 形を目が捉えると、それは意志を持っているのか、こちらに向きを変える。


 私はとっさに前へと転がった。

 間一髪、振り返ると躱した風が天井を旋回するのが見えた。

 あぁと正体がやっと見える。

 靄が刃になったのではない。

 靄が天井にいた群れを追い立てているのだ。

 鳴き声から、蝙蝠の群れだ。

 だが、その黒い刃が通り過ぎると、円蓋の石壁がぼろりぼろりと崩れた。

 まさに斬首刀である。

 うかうかしていると首を刈り取られそうだ。

 それが再び、下へと旋回しながら降りてくる。

 火の側に寄るか、身を隠さねばならない。

 カーンを見れば、私とは反対側の壁に寄っていた。

 耳が痛むような鳴き声。

 できれば分断されたくない。

 そうして蝙蝠ばかりに気を取られていたのは確か。

 油断した私の視界が白くなる。


 目の前には、あの揺らぎがあった。




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