第34話 血と肉と

 白い靄に呑まれると、急に力が抜けた。


 寒い。


 指の先、四肢が痺れて息も苦しい。


 窒息する。


 そう思った時には、目の前に蝙蝠の群れがいた。

 やけにゆっくりとこちらに向かってくる。

 蝙蝠、に見えるが違う。

 赤黒い目がいくつも顔にあり、肉食なのか牙が無数に生えた口が見えた。

 その奇っ怪な姿がゆっくりと迫ってくる。

 それと同時に、耳の奥で女の悲鳴が木霊した。


 気持ちが悪い。


 女が悲鳴をあげている。


 すべてが水の中にいるかのように、ゆっくりとしていた。

 そのゆっくりとした流れに、強烈な痛みが割り込む。


 カーンが私を掴む。


 石床に叩きつけるようにして押し倒された。

 その痛みに呻くが、痛みとともに女の悲鳴は消える。

 そして蝙蝠は円蓋を旋回し、白い靄は消えていた。

 カーンは私を片手で持つと、壁際にしゃがみこんだ。

 あの白い靄は消えていた。

 私は痛みに呻きながらも、未だに水を飲んだような感覚に苛まれていた。

 溺れて水を飲んだような気持ち悪さだ。

 体の中が雪でも詰め込まれたように寒い。


(来るぞ)


 呟きが胸元から聞こえた。

 吐き気を堪えて、辺りを見回す。

 何が、何が来るんだ?

 蝙蝠が鳴く。

 カーンが身を低くしていろと、身振りする。

 それで気がついた。

 蝙蝠とは別の影が天井に湧いていた。

 人の大人ぐらいの大きさの黒いモノがいる。

 見る間に、一つ、二つと数が増えていく。

 それは天井の崩れた場所から、わき出ていた。

 これはまずい。

 私は腰の小刀に手を置いた。

 どう見ても、よくない。

 四つに這う姿は、よくない。

 大型の爬虫類とも違う。

 肉食の動きでも形でもない。

 形は、見慣れたモノだ。

 私の頭がおかしくなったのだろうか?


(侵食された者共だ)


 囁きに問う。


「アレは何だ?」


(喰らうモノ、血に戻りしモノ)


 ボタボタと広間の中央に、それは落ちた。


(見たままのモノ)


 未だ、蝙蝠が頭上を旋回する中、それはひと震えして立ち上がる。

 震え動く、赤黒い肉。


 皮の剥がれた、人間である。


 調理する前の動物の肉のように、筋肉や筋が剥き出しだ。

 血抜きはされておらず、酷い有様だった。

 赤黒い血溜まりの中に、それは震えて立っている。

 今、皮を剥いたばかりか。

 顔には瞼も無く、髪もない。

 青白い血管に、白い脂肪、吐き気をもよおすが堪えた。

 それは哀れ無惨にも、白い歯を軋らせ、低い唸り声をあげた。

 元は人であろうはずが、動きに人らしさは欠片もない。

 それがボタボタと五つも落ちた。


「蝙蝠が来たら知らせろ」


 カーンは、手首をくるりと返すと剣を構えた。

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