第744話 俺は変わったか? ⑰

『彼らは常に自分たちの正しさを信じている。

 間違いを認めないし、その為に言い訳を用意して生きているんだ。

 君はどう思う?


 君は小さな女の子だ。

 君にも言い訳はたくさんあるよね。

 言い訳しなくても、逃げ道はたくさんある。

 自分を信じる事は良いことさ。

 心を大切に育てる為にも言い訳だって必要でもある。


 けど君には不要な忠告だ。


 君は逃げたくないと常に毛を逆立ててる猫だ。

 負けないぞ、負けないぞってね。

 君の場合はもっと子供らしくていいよって話。


 でも、大人な彼らは違う。

 我の強さもいい加減にしなければね。

 何事も行き過ぎてはいけない。なんて子供に言うことだ。

 それを学ばず聞きもしない。

 今更の説教さ、彼らには届かない。


 だって知ってはいるからね。


 自分たちは正しく、間違えてはいないんだ!

 だって仲間は肯定してくれる!


 憐れだろ?


 手遅れなのさ。

 独りよがりや盲目的な肯定ばかりを求め安心を得ても、本当に大切な事は何も得られない。

 得られるどころか失うだろう。

 失うことを恐れて、何もしないなんて後悔しか残らない、違う?

 選ぶのは自分自身だ。

 そして彼らも自分自身で答えを出すしか無い。

 違うかな?』


 それではまるで、彼らも特別な出来事に遭遇したみたいだ。

 彼らも宮の主に目通りしたのか?


『魂を持つ生き物は、人生を選択する時がある。

 神に目通りせずともだ。

 神などに会わずとも、重大な人生を決める一瞬は訪れるものだ。

 その時に、何を選ぶかは自由だ。

 他人が諭し神が正しき道を指し示したとしても、選ぶのは自分自身だ。

 違うかな?』


 違わない。


『さぁ長々と言ったけれど、この眼の前の男は正常だ。

 呪われてもいないし、狂ってもいない。

 ただただ、人間らしく愚かであるだけだ。

 同情も矯正も必要がない。

 人間は己の罪と己自身で向き合わねばならない。

 それこそ口出しするのは傲慢に他ならぬのだ。

 それよりも己が問題に向き合う方が、君には重要な事だろう。

 さぁ勤勉に人生について考えようではないか?

 ん、長考の時間が終わったから、時はふつうに流れているよ。

 ほら、ほら、君が考え込んでる内に、道化が泣き虫を掴んじゃったよ。

 あれ、人間の皮でできてるし、ちょっと汚いんだよね。』


 カーンの指が漏れ出す影でよく見えない。

 幸い毒は抑えられ、素手で触っても問題ないようだ。


(箱に収めておいてください。

 運良く鍵が発見されても開けては駄目ですよ。)


 カーンは本を箱に戻して、上着で手を拭う。


「触ると生暖かいぞ」


 素材はわかります。


「素材?」


(人の皮膚で装丁がなされています。

 中の紙も嫌なモノです。

 血液など人の身体が使われている。

 表紙の紋様の着色料は血液が酸化してそのようなドス黒さなのでしょう。)


「きたねぇ..」


(だから言ったでしょう。素手で触るなって。

 それから腐敗はしていませんが、臭いのは中身の自己主張みたいです。

 触らないでという意味ですね。

 神官職の方も直接触れると体に悪いと思うので、箱の中で保管した方が良いです。

 軍部の方で解析をするのもおすすめしません。

 身を守ろうと呪詛を撒き散らす事になります。

 今は、少し機嫌を持ち直したようなので、泣くのを止めてくれています。)


「了解した。

 これはこっちで保管しても大丈夫か?」


(封印をして持ち運びが一番ですが、攻撃を止めてくれているので無闇に触れなければ大丈夫でしょう。

 ただし、持ち運びに関しては、兎も角、暗く静かな場所を所望していますね。

 できれば女性の方にお願いできますか?

 きっと神殿長様も巫女頭様にお願いしたのは、その所為ですね)

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