第769話 手紙 ③

 流されかけたテトは、今度は大きな湯おけにしたようだ。

 洗い場の近くに置かれた湯おけは、流れ出る湯の下に置かれている。

 そこにのそのそと入り込み、縁に顎を乗せてくつろいでいる。

 のぼせないのだろうか。

 危ないようなら引き上げようと、眺めながら湯に浸かる。

 獣人の男女は、風呂が好きだそうだ。

 人族の風呂の習慣がお粗末なのに対して、彼らは体臭に敏感らしい。

 水や湯で体を流す事を好む。

 当然、香水や香料を嫌う。

 臭覚が鋭敏な所為だ。

 できれば毎日行水したいらしい。

 風呂に置かれた高級な石鹸も匂いがしない。

 油っぽくもなく、髪を洗えばツヤツヤだ。

 彼らの毛並みもツヤツヤだし、テトも洗ったらツヤツヤになった。

 原料は何だろう?

 あぁテトがのぼせたな。

 本当の死骸みたいに力が抜けたので、慌てて回収する。

 私も湯に浸かる習慣がないので、少しのぼせた。

 全身脱力しているので、気持ちよさそうだ。

 けど重いから、ほら、自分で歩くの。

 上がり湯をかけ流し、体を拭くと着替える。

 オービスと出向いて揃えた服だ。

 テトは全身を震わせ、水気を切って終了。

 簡単で羨ましいが、脱衣所に入ったところで布で拭く。

 何かモゴモゴ言っているが、気持ちが良いだけで意味はなさそうだ。

 私の髪もこのくらい簡単に乾けばいいのにな。

 着替えた肌着は温かで柔らかかった。

 刺し子の内衣も吸湿に優れている。

 形は子どものものか。

 ゴソゴソと着替えて上着を羽織る。

 見習い服、小姓服のような感じだ。

 紺地の上着に白い立襟、痩せたのでますます貧相に見えた。

 まぁ仕方がない。

 この格好で髪飾りはおかしい。

 手荷物に壊れないように仕舞う事にする。

 ふと、それ以外の装束を教会に返さなくてはと気がつく。

 作ってもらった外套にしろ元は教会の物資だ。

 買ってもらった髪飾り以外、私物と呼べる物は無い。

 故郷から持ち出した私物は何処に消えたのか。

 手元にない物を考えても仕方がない。

 トゥーラアモンの騒動で、すべて行方知れずだ。

 清々とした、と強がるしかないな。

 考えるに、今まで使っていた教会の物はすべて返却しなくては。

 水分を適当に拭い、私は急いで部屋に戻ることにした。

 もちろん、急いでも早く歩ける訳ではない。

 実は風呂の施設がある場所から、カーンの部屋へと向かう近道がある。

 オービスと歩いた太い通路を利用せずに、細い通路の階段があるのだ。

 普段は洗濯物を運んだり、掃除人が通るのに使われる。

 まぁ秘密でもなんでもない。

 オービスが風呂を利用したいなら、その道を使えと教えてくれたのだ。


『最初、振り返ったら護衛の男がいて驚いちゃったよね。向こうも気まずそうだったけどさぁ』


 護衛は私の身の安全をはかるだけで、何も口出しはしてこない。

 トラブルになったら介入するが、基本的には見守りだ。

 もし、バットルーガンに出会っても、肉体的な攻撃や暴言以外は介入しないらしい。

 だからこその、この裏道というか使用人の通路である。

 バットに出くわして、彼からの謝罪を受け入れる機会を無くす為だ。


『君は許すことに慣れすぎているからね。

 怒る事、泣く事が不器用だ。』


 そんな事は無い。


『もっともらしい事を並べ、泣き落としでもされたら、君は分かっていても同情するのさ』


 聞いてみないとわからないよ。


『だからさ、聞いてみないとわからない。

 その考えは、この場合間違いだよ。

 だから、聞く機会そのものを無くすのは妥当ってわけさ』


 まぁ私の所為で相手が折檻されたら嫌だし面倒なのは確かだ。

 なので風呂からでるとそのまま使用人の使う通路へと入った。

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