第379話 幕間 牢屋にて ⑤

「彼女は孤児なのであろう?

 私が後見となり、豊かな生活を保証して何が悪いのだ?

 与えてくれる方を支えるのは、間違いではない。

 も、見ていてくださる。

 これは正しいことだ。」

「勘弁してくれ、気持ち悪い事になってるぞ。

 お前、信仰心なんぞ欠片も無いだろう。

 よくよく思い出せ、お前は神なんぞ信じてないだろう」

「面白い事を言うね。

 面白い、大変、面白い。

 お前は知っているはずだ。

 私が神を得ている事を。

 その幸いを、この感覚を、お前は知っている。

 お前の神が、お前に与えているモノだ。

 だから、を否定できまい?」

「神を否定はしないよ。

 俺が言っているのは、お前本来の考えを思い出せって話だ。

 を否定はしない。

 そしてお前自身が、素晴らしいと思い生きる意味を得る事もだ。

 生きていて幸せだ。そう感じられるなら結構だ。

 ただし、但しだぞ。

 犯罪を犯さず、他者を傷つけなければだ。

 例えば、お前の護衛が床で這いつくばっているが、それに関してはどう思うんだ?」

「どうも何も、彼女に尽くすが当たり前である。

 人は慈悲を与えてくださる方を崇め敬わなければならない。

 私の神も仰っている。

 愛の誠を示す方を大切にするのだ。

 そして神を祀るよりも、その慈悲を与えてくださる方を一番に定める。

 確かに神を得たが、私が尊いとするのは慈悲をくださる方だ。

 故に、衆徒は存分に奉仕をするがよい。

 神が子とする優しい方に尽くすのだ。

 愛の誠を教えてくださる彼女への奉仕こそ幸いなのだ」


 一瞬、ジェレマイアは言葉を失った。

 開いた口を閉じる。

 人間を塵、神を詐欺と言い切っていた男の変貌具合が酷い。

 まるで別人である。

 肉体の変異が無ければ、笑えただろう。


「祭司長様、お祓いとか無理っすか?

 気持ち悪さに拍車がかかってるんですよぉ〜」

「お前、余裕だな。

 カーン、オロフから足をどけろ。

 コンスタンツェ、お前はな、今正気じゃないんだよ。

 聖遺物みたいなもんの毒にあてられてるんだ。

 聖遺物、呪いの品、なんて言ったらいいか、酔っ払ってるって考えろ。

 接触しなければ、あるていど正気でいられるはずだ。だから」

「私が狂っているっていうのかい?

 これが狂気だというのなら、それでいいよ。

 とても楽しいんだ。

 とてもね。

 正気で生きてきたが、毎日が苦しかったよ。

 ほら、こんなに正直になれた。

 お前ならわかるだろう?」

「わかるよ。

 だが、それでは駄目なんだよ。

 お前が楽しくてもな、彼女は、子供の彼女はな、まわりが狂っていくのを知って喜ぶと思うかい?」

「大丈夫だ。私がずっと側にいる」


 ジェレマイアは、コンスタンツェの笑顔を見つめた。

 この表情を知っている。

 盲信だ。

 自分にも向けられるものだ。

 人を殺そうと裏切ろうと、正しいとする弱い者達によく浮かぶ。

 彼らを善き道へと向かわせることの難しさは、祭司という立場の彼でさえ困難であった。

 今、どう言葉をかけても今は無理だ。

 グリモアの支配を断ち切れはしない。

 何しろ体が変化している。

 ならばどう管理するかだ。

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