第114話 幕間終 微睡み ④
「帰路は、北東の旧街道をお使いになると良いでしょう」
無為な時を過ごしたカーンに、声がかけられた。
戸口で立ち尽くす背中に、何事も無かったかのように狩人の頭領が声をかける。
それに開け放っていた戸を閉め、カーンは雪を払った。
室内を見れば、皆、眠っていた。
雪下ろしに疲れた訳でもあるまい。
と、カーンは訝しく思った。
思い、何かを言おうとすると、頭が鈍る。
「領主館に立ち寄らぬほうが良いと?」
「お急ぎでなければ、逗留されるのに異存はございません。
なれど、立ち寄られた場合は春まで足止めされましょう」
手の傷から血が流れ、土間に流れ落ちていくのをカーンはぼんやりと眺めた。
「春とは、まだ冬のとば口だろう」
「まだ、荒れる時期ではないのですが、少し今年は足音が早うござます。
絶滅領域を背にしておりますが、これほど早い降雪と吹雪は珍しく。雪が降るとしても、積もる時期ではありません」
「今年は荒れるのか」
「だいたい後一月半後ならば、この荒天もよくある話。遅い実りを刈り取る余裕があるはずなのです」
傷口を縛るべくカーンは荷物に手を伸ばした。
中から布を取り出し巻きつける。そうしながら、彼は戸口に再び戻った。
薄く開けて見れば、降る雪は弱まりぼんやりと明るい。
昼夜の別を判らなくする色合いだ。
「このような降雪の後、数日は好天が続きます。これを勘違いして、屋外、森や山に入ると死にます」
死という言葉に、雪を汚した怪異の残骸に目がいった。
「あの鳥は何だ?このあたりには、あんな生き物がいるのか」
「どんな物でしょうか?」
小屋の扉を更に開け、外の肉片を見せる。
「あぁ、北の山から時折奇妙な生き物が降りてきますよ。絶滅領域といってもああした奇怪な姿に変わり果てた生き物がいるそうですな」
愛想の良い答えに、カーンは扉を閉めると閂をおろした。
無言で睨みつけるが、相手は笑うばかりだ。
「で、死ぬとは穏やかではないな」
「好天の後、山脈から凍りつくような風が吹きます。
鳥も凍りついて落ちる程の寒波ですな。それが年明け、春の暦になるまで続きます」
「村の人間はどうしてるんだ」
「本来ならば、備蓄で乗り切ります。絶滅領域ができてからは、毎年の事ですからな。
ただ、今年は早すぎます。その分、飢えずに年を越せるかわかりません」
これを素直に受け取れば、荒天により足止めされた客を抱える余裕は無い。という話で終わる。
だが、カーンには、ただただ出ていって欲しいと聞こえた。
それは手の傷が訴える、違和感もだ。
お前は、何か忘れているぞと。
「北東の旧街道か、国の地図には乗っていないぞ」
それに年寄りは、鷹の爺は又も道案内が必要でございますなと笑った。
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