欺瞞の章

第115話 街道へ

 とても気持ちの良い目覚めだった。

 寂しく美しい夢を見た後のように。

 私は地下に囚われていた村人の話を爺達にした。

 そして私が何者なのかも聞いてみた。

 爺達の答えは、私には意味の無いものばかりだった。


 地下の虜囚は、いくさでとうに死んだ者だ。

 それは幻にすぎない。

 私は、森から遣わされた子供であり、預かり物の大切な命だ。

 だから森神が印を残したのなら、村には戻れない。

 そして領主も森に入り、もう戻らない。


 答えは答えにならず、知りたいことの欠片も無い。

 それが正しいかどうかは、生きていく事には関係がない。

 これは何の不思議でもないのだ。

 昔からこの地で繰り返された事なのだ。


 村から出ていってくれ。


 爺達は、その言葉の後に泣きながらびた。

 詫びる理由がわからない。

 私も、そういうものだと思ったからだ。

 元の暮らしに戻れないのはわかっていた。

 だが爺達は私を犠牲にしてしまったと泣いた。

 それを見て、何かを犠牲にしたのは、爺達と御館様だとわかった。

 だから言った。

 自分から選んだと。

 絶望は無かった。

 出ていけと言った爺達の方が傷ついている。

 心の中を探れば、あるのは奇妙な好奇心だ。

 流れ着き、かえる場所は宮の底だとわかっていてもだ。

 不思議と悲しい寂しい気持ちと同じぐらい、力もわいた。

 だから、大丈夫と繰り返した。

 そうして爺達は私の旅の支度をする。

 気になるのは、家に残してきた弓だ。

 唯一の気がかりが弓だけとは、我ながら持ち物が少なすぎる。あれが家財の中で一番高価なのだ。

 弓は鷹の爺の孫にやろう。

 私がそう言うと、爺は勿体ないと返した。

 孫の腕では、弓が可哀想だとブツブツ言う。

 じゃぁ爺にやる、と言うと、こんな老い先短い年寄りになんぞ更に無駄だ。

 お前の弓は、お前の物だ。

 お前から安穏あんのんな暮らしを奪うのだ。これ以上、奪わせないでくれと言われた。

 雪の降りが弱まってくると鷹の爺達はいったん村へと戻った。

 カーン達も出立の準備を始める。

 彼らは領主館を経由せずに、旧街道を目指すらしい。村への移動はしないようである。

 爺達はまず、私の家財の処分と旅支度を整えた。

 雪が止む数日の内に出発しないと、大寒波の大荒れに飲み込まれてしまうからだ。


 ***


 私は生きている。

 私は旅に出る。

 もう、居場所は無いのだ。

 私の居場所は、あの宮の底なんだろうな。


 供物の役目とは何だろうか。

 この世に戻された、その意味は何だ?

 

 勝者のいない神の遊戯ゆうぎに、私は覚悟を試された。

 あの時、告げられた。

 狂いはじめた男を止めた時、ボルネフェルトの形をした何かに。


「この獣がにある限り、その魂は守られる。

 かわりにお前は忘れず、神への供物となる。

 お前たち二人は、人の罪を知り選ぶ。

 獣は獣として選ぶ。

 お前はその選択により、死ぬ。

 このに、供物として宮に還る。

 死した後、この宮に。

 それでも選ぶか?

 この男を現世うつつに返す事を、お前は選ぶか?」


 私はあの時、選んだ。


「この男を生かすなら、となるがよい。

 さすれば宮の主が慈悲として、生きて足掻あがく事を許そう。

 この男が選ぶまで、生きて足掻くことを」

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