第613話 花が咲く ⑧

 単なる愚か者ではない。

 ひとでなしだからだけでもない。

 では、何だ?


『僕達は暫く沈黙をするはずだった。

 君が歩む道に干渉しすぎてもいけないからね。

 だから、今回も考え方の道筋だけを示そう。

 グリモアの遊戯のお時間だ。』


 手短に、だ。


『はいはい。

 物事には、原因と結果がある。

 例えば、厄災がおきたので、生贄の儀式を行い、安寧を手に入れようとした。

 そして逆も然りだ。

 安寧を手に入れる為に、生贄の儀式を行い、厄災の引き金になった、とね。』


 よく、わからない。


『君は根本の原因を知らない。

 僕達は示唆できるが、教える事はできない。

 もちろん、君は知ろうと思えば、答えは得られる。

 まぁ馬鹿を見るけどね。

 さて、君が知っている事は何だ?

 君の目の前には結果がある。』


 女達の死に場所がわかった。


『そうだ。

 具体的に言ってごらん』


 女達は、恐怖と苦痛、恥辱を与えられた後、殺された。


『殺された後は?』


 ばらばらにして、土に。


『そうだったかな?』


 内臓を土に混ぜ合わせた。


『他の部分は?』


 見えなかった。


『さて、君にしがみついている子供の最後はどんなふうだった?』


 生き埋めだ。


『そうだね。じゃぁ僕にどういうふうに聞けば良いと思う?』


 これは何の儀式だ?


『もう一声、だね』


 何故、腑分けをしたんだ?


『恐れたからだよ。』


 笑っていたのに?


『呪術とは商売に似ているって今までもお話したよね。

 大きな買い物をしたら、お代も高く付く。

 とくに呪詛の支払いは、人生そのものになる。

 人を呪うということは、己の命も担保にはいるって事だ。

 そこで支払いに当てる供物や生贄を用意する。

 命の借財を贖うのは、命。

 ならば奪う者にも、同等の支払い、報いがおきる。

 だからこそ、呪術を扱う者は覚悟と信念が必要になるんだ。』


 それが?


『僕達が何に怒っているかわかるかい?』


 未熟で野蛮な呪術を行使し、神の業を穢したからだ。


『グリモアの役割ってなんだと思う?』


 役割、記録する事。でも役割と怒りがどうつながる?


『グリモアとは、神の意向を反映しているんだよ。

 それに逆らう使い方をすると、呪われるんだ。

 覚えておいてね。

 神の意向、理を乱す事に使えば、グリモアの主とて呪われるんだよ。

 さて、これは呪術の基本と同じだ。

 呪うとは呪われる事。

 理を無視して呪うとは、己も呪われるという事だ。』


 呪えば呪われる。


『そうだよ。

 それを踏まえて考えてみよう。

 雇った男達は術に始末させた。

 魂は道行きに取り込まれて、今更問う事はできないね。

 それじゃぁ女達は?

 術じゃなくて男達に殺された。

 でも、おかしいね。

 何だか影が薄いじゃないか。

 これじゃぁ高位の神官でも問いかける事ができないね。』


 腑分けをし、混ぜ、そして亡骸を別にする必要があった?


『生贄をバラバラにわける必要があった。

 同じ状況ってどんなかな?

 戦で多くの人が死ぬ、そう同じく死体が壊れる事もあるだろうね。

 けれど、何れ理に魂は還るだろう。

 じゃぁ人間以外の話だ。

 生き物を屠殺して食べる時、狩人達はどうしてる?』


 内臓は食べるか、焼くか、埋めて捨てる。


『君を育てた狩人はどうしていた?』


 禊として狩りの後は、小屋に入った。


『それ以外、直接村に帰る時は?』


 肉にした後、村の入口の塚に置いて祈っていた、な。


『小さな獲物を捕るのは日常だ。

 だから供養や禊が習慣としてあるんだ。

 人が重ねる罪深さに対する償いだね。

 じゃぁ彼女たちを殺して腑分けしたのはどうしてかな?

 供養はされてないようだしね。

 おぼろになって、誰にも助けは求められないし、理に還る事もままならない』


 恐れたのは、自分たちも呪われる事か?

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