第392話 沈没船
灰色の空から雨が降る。
空が崩れたように降る雨と、重い大気が身体を押す。
吸い込むと塩辛く、磯の香りがした。
アッシュガルトの印象は、陰鬱。
美しい海岸線とそれにそう街並み、巨大な港、灯台。
素晴らしい景色に対峙したというのに、暗い影ばかりが大きく見えた。
空をうつす商店の窓硝子も暗い。
利用されている硝子は分厚く緑色がかっているのもある。
硝子不足の内地と違い、普通の家屋にも利用されているのは、原料を手に入れるのが容易な東だからだ。
しかし、そこに陽気な港街の様子はない。
季節のせいだろうか?
間違いを探すように、私は車窓に齧り付く。
それをクリシィは咎めず、店や街並みの説明をする。
遥か過去とした故郷の地ではあるが、それほどの違いは無いらしい。
街は大きくなってはいたが、そこにあるものに覚えがあるそうだ。
***
彼女が混血であることは旅路の話題のひとつとして話してくれている。
それは種族説明、私の種族を見咎められる事についての例としてだ。
注意する相手の殆どが、長い時を生き抜く長命種族の貴族や中央に在籍した事がある官吏経験者、そして神職にいた者、だそうだ。
まずは自分の種族を彼女は語る。
本来、他人の種族を色々と語るのは礼儀の上でも問題だ。
なので彼女を見て、普通の人は人族短命種であろうと見当をつける。
もちろん、彼女は混血であり人族ではない。
ここで言う混血とは、公王陛下のような特殊な混合体ではない。
この大陸の一般的な混血であり、種族は固定している。
彼女は長命種と獣人の混血で、長命種よりの軽量獣種である。
つまり獣人だ。
これを見極めて名付けするのが神職の力だ。
長命種よりとは、寿命が長命種と同等。
軽量とは、獣のような身体的特徴が無く人族の外見を有している者をさす。
軽量獣種とは、人族と外見に差が無く肉体変化ができない。または不得意であるが、肉体の強度は獣人相応で人族よりも頑健である。
これが長命種よりの軽量獣種である。
この長命種よりという文言を見極められる事が神官や巫女が正神官位になれるかどうかの境目らしい。
ちなみにボルネフェルトの知識からすると、解剖すれば種族はすぐに判明する。
指の本数、長命種たる臓器である濾過部分、獣人種の解剖件数が少ない事と種族が多種多岐に分かれているため未知の部分はあるが、肉体変異を促す脳幹部分の違いなどで、血統は判別できた。
いや、解剖して判別しても。
死体の検死解剖をする話ではない。
話を戻す。
巫女クリシィは長命種人族の血統と獣人の血統が混じっている。
長命種とは、純血統以外は中々、長命種として種族の固定ができない。
つまり割合として長命種の血が九割を越えている血だ。
獣人と子をなした時点で、獣人の子供ができると予想できる。
獣人に種族固定をするには、六割程度でよい。
しかし、外見でクリシィの種族を見極めるのは困難だ。
見た目だけなら、短命人族種と同じなのだ。
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