第391話 群れとなる (下)⑧
では、巫女が役目をかわるとして、神事とは何かとなる。
神の声を聞き、種族の名を見る事だ。
種族の名とは、名付けの儀式の事である。
名付け、隠し名を見る儀式だ。
魂に現れる血脈と本質を表す神の言葉を見る。
ジェレマイア祭司長によれば、神術などとされる神官の能力も、呪術師が行う呪術も材料の違いだけで元は同じらしい。
そして隠し名とは、本来、呪術からの防衛のために行うものなのだ。
今現在使われている大陸共通語に、名前をいれない文法が使われているのも、この呪を忌避し己が魂を守る為である。
名前、魂の形を捉えやすくるには、その本質に形を持たせると容易になる。
名前を呼びあうと、人と人とが親しくなるのと同じ?なのかもしれない。
名を知るとは、呪術においては対する者に有利に働く。
そう考えれば、呪術に対抗する者、不条理な現象に対抗する力は神官や巫女となる。
実際、東南に発生した腐土に向かうは彼らだ。
つまり呪術によって発生した穢が、腐土なのかな。
そこは私にはわからない。
けれど死すべき者が動き回るとは穢であるし、そこを正すのはやはり、神官や巫女となるのだろう。
話がそれた。
巫女一人、助司祭さえも連れずの着任だが、それは情報の拡散を抑える目的もある。
さらにこの東は彼女がかつて暮らしていた地域だ。
妙な注目は無いとし、最後のお勤めと言えば誰もが納得する話となる。
もちろん、グリモアの過去の情報や調査などが済めば、また、本神殿へと戻る。
時間の猶予もでき、補充の人員、助司祭や巫女の中から人を募って教育もできる。
それにコルテス公領地の寺院へと連絡をとり、こちらの中立地へと僧侶様方を招くのが本来の目的だ。
そもそもコルテス公へと渡りをつけるのも大変なのだが、こちらから東公領へと踏み入る事は更に難しい。
だが、総神殿の巫女総代が来たのなれば、裏で援助を怠らないコルテス公ならば、話が通じるだろうとの事だ。
そう、コルテス公爵は頑迷な人種差別をしているようにみせて、裏では莫大な献金、否、神殿への浄財をおさめているのだ。
支配者層は嘘が上手だ。
人族長命種を尊いとした差別主義を広げているのか、それとも合理的な利益尊重と隣接領地との兼ね合いを見て領地を運営しているのか。
「城塞に着いたら、徐々に巫女のつとめ学びましょうね。
多分、事務方の仕事も滞っているでしょう。
貴女には申し訳ないけれど手伝ってもらいますよ。
もちろん、体の具合を見ながらです。
それにね、人の群れに加わり生活すると否応にも元気になると思っているわ。
だからね、他人が煩わしいと感じても、人の群れの中で暮らさないといけないのよ」
「人の群れ、ですか?」
「そうよ。
人は誰かと一緒に生きてこそ、人らしくなるの。
人と人が一緒にいると、腹が立ったり嫌な事もある。
けれど楽しいと思ったり、幸せだと思う事も確かなの。
悲しいことばかりじゃない。
寂しいばかりでもない。そう思わないかしら?」
彼女は私の顔に何を見たのか、少しだけ笑うと続けた。
「まぁ教会に溜まったお勤めを片付けるまでは、私に付き合いなさいな。
さぞかし山と仕事があるでしょうから、悩む暇もないでしょうよ。」
確かに。
けれど黒い羊は、そもそも群れとなる事ができるのだろうか?
不安に胸が少し苦しかった。
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