第622話 目覚めし者は優雅に嘲笑す ⑥
館が燃え落ちるのを眺めるだけというのも暇である。
私達は身の回りの整理をする事にした。
とは言え、申し訳程度の荷物しか無い私にする事など無い。
金柑の袋に、薬と小物ぐらいだ。
旅支度という程でもなく、武器さえ無い。
それでも一応、ごそごそと荷物袋をかき混ぜていると、カーンが蔦の養分になりつつある男達に近寄った。
彼らは貴族なんでしょうか。
「貴族?
金のかかった服装に、苦労知らずの様子だからか?
それにしちゃぁエゲツねぇ仕事ぶりだ。
お陰で、糞が肥になったわけだな。
笑えねぇ冗談だが、神謹製の肥やし様にゃぁ武器は無駄ってもんだ。
運び賃に拝借するぜ。
祟り様よ、ちくっとばかり触るが、俺には吸い付くなよ。」
と、凶悪な蔦に向かってカーンがおどけた事を言う。
当の蔦は武器を抜き取られても抱擁が更にきつくなるだけで、カーンには何ら反応を示さなかった。
「どうしようもねぇなぁ」
どうしたんです?
拝借した剣をながめる男に問う。
それには答えず、カーンは私の傍らに腰を下ろした。
私は乾いた倒木に座っているのだが、彼は地面に直接あぐらをかいた。
武器とそれを納める剣帯も取り上げたのだが、長さが足りないようで調節をしているようだ。
「趣味が悪い上に、使い勝手が悪い装飾だ。もともと良い造りなのによぅ。」
体の大きさが違いすぎるので、まずは調節するようだ。
変わった鍔がついていますね。
「この鍔付きは喧嘩剣って呼ばれる奴だ。
鍔迫り合いに向いた形で、白兵戦の多い歩兵が装備する。」
鍔で手を保護しつつ、戦うようだ。
喧嘩剣とは、何だか愉快ですね。
「愉快というか、人族の大昔の歩兵がこの剣を使っていた。
中々の強さだったらしくてな、鍔の形はほぼ変わっていない。
白兵戦で乱戦中に使うからか、喧嘩剣は通称だな。
近接戦闘を想定しているから刀身も短い。
2ペデちょっとか?」
大きな体の獣人には、短刀といってもいいぐらいに見える。
「確かにな、これなら殴ったほうが威力があるか」
無いよりましですし、意匠がとても美しいですね。
持ち手には凝った彫刻まで施されていた。
「ひでぇ改造だ。革帯で巻くしかねぇ」
あぁなるほど。
察するに、墓守達とそのお付きは剣を扱えたのでしょうか?
「人を殺す方は斧か鉈でもつかっていたんじゃねぇのか?
少なくとも、こんな滑りやすい握りの悪い飾り物は使わねぇよ。
それにそもそも墓守じゃねぇし、コルテス人てのも疑わしい話だ。」
暫く、剣の柄に革帯が巻かれていくのを眺めながら考える。
本当に、何を思ってこんな事を?
誰を不幸にしたかった?
誰が幸せになりたかった?
目の前で燃える館。
転じれば、荒れ果てた森。
殺された女達が埋まる土。
暗く悲しい景色だ。
カーン。
「何だ?」
呼び捨ての不敬を咎めず、彼は答える。
こんなふうに念話を通して普通にしてくれるのは、獣人のおおらかさと彼の見た目を裏切る寛容さのおかげだ。
旦那の故郷は、暖かい場所なんでしょ?
「まぁ暖かいというより、暑いなぁ」
空も青空なんでしょ?
「どうした?」
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