第621話 目覚めし者は優雅に嘲笑す ⑤

 徐々に煙りがたちのぼり、炎があがる。


 焼いてしまうと証拠も無くなってしまいますね。


「死体を見つけたら、記録して焼くのが今の王国法だ。」


 腐土新法というものですね。


「特別措置法だが、王国のみならず他の国でも同じく最優先されるべき法となっている。

 それを口実に無法が罷り通って、揉めるとしてもだ。」


 焼いて証拠隠滅ですか。


「焼いても焼かなくても、犯罪の件数に変わりはないがな。」


 そうなんですか?


「焼却する事に、抑止も助長の作用も無い。

 焼くのは、死体が蠢いて生きてる人間に悪さするからだ。

 それに無法者に証拠隠滅するだけの脳みそが足りてる事の方がすくねぇんだよ。

 野犬の群れより馬鹿が多いんだ。

 だから支配者層は、疑わしきは斬首、よくわからねぇなら全部処刑ってなる。

 おっかねぇ領主一人いりゃぁ治安は随分良くなるってわけだ。

 もちろん冤罪もあるし、その領主様とやらがろくでなしの場合もある。

 そこで登場するのが、神のお使いっていう便利な奴らだ。

 俺個人は、宗教を自分の領地に持ち込むのは嫌だが、教育や倫理を叩き込むには仕方がねぇ側面もある。

 武器を振り回して火をつけまわるような、野蛮な動物を躾けるには、相応の権威ってのも無駄じゃねぇからな。

 中央だって、もともと法治が行き届いてねぇから、宗教を支軸に据えている。

 そうでもなけりゃぁ支配者層が、神頼みなんぞしねぇよ。」


 嫌な現実ですね。


「死体は身元不明で、大半が朽ちている。最後に殺し合った奴らも、名前さえ知らんしな。証拠なんぞになりそうもない。手間をかけて燃やしてやるんだ、金を払ってもらいたいぐらいだ。」


 相手が問題にすれば、尚良しですか?


「そういう事だ。それに燃やさなきゃならんのだろう?」


 焼けて弾ける音、窓にかかる布を舐める炎。

 私達は館の外へと移動した。

 跳ね橋は下ろし、館全体が炎に包まれるのを眺める。

 焼いていると遠吠えが聞こえた。


 犬が来るでしょうか?


「盛大な焚き火だ。近寄るまい」


 どのくらい燃え続けるでしょうか、今日中には鎮火しないのでは?


「昼頃には下火になる。

 思ったよりも燃える部分が少ない。

 雨も降りそうだし、勢いが弱まったら崩して回る。

 そうすりゃぁ更に時間短縮だ。

 それから全体をもう一度確認して終わりだ。」


 何故、この場所だったのでしょう。


「焼けば分かるんだろう?」


 だといいのですが。


「辺鄙でろくでも無い事をするには、よかったんじゃねぇのか?」


 儀式の場所の位置どりとしては、納得できるのですが。


「俺には何が納得なのか、理解不能だがな」


 鎮護の道行きは、神が浮かべた船なのです。

 東マレイラの水の流れにそって、術、船が動いている。


 その術を破綻に導こうとしたのか?

 私は書き換えを目論んだと考えています。

 穢を、船の積荷を変えようとした。

 では何処で積荷を変えるか?

 この館は水辺から少し離れていますが、姫の縁の地であり墓も近い。

 術の起点になったと覚しき姫の墓ですね。

 コルテスの本拠地からも遠く、旦那が言った通り、ひと目にもつかない。

 偽の艀を置くには良い場所、なのです。


「だが、その条件では不満なんだな?」


 呪術とは、術を執り行う者の癖があるそうです。


「癖、か」


 旦那の剣も、流派や教えてもらった方の癖があるのでは?


「まぁそうだな」


 臆病、卑怯な輩です。

 無能であろうに自惚れてもいるでしょう。

 だからきっと、場所にも必ず意味をもたせたはずです。

 反転させて置き換える。

 供物のかわりに生贄を。

 殉教のかわりに罪人を。

 護りのかわりに騒乱を。

 己が罪の贖いに、無辜の民の命を捧げる。


「意味ねぇ。

 どうせロクでもねぇ話なんだろうよ。

 焼け落ちるまで、帰る支度でもするか」

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