第797話 挿話 黄昏まで遊ぼう ⑦

 スヴェンにはどうでもいい話だが、カーンは多分、戻らない。

 そして用意されるは、統括補佐であり実質南部軍団を率いる司令席だ。

 カーザやオービスの甥には想像もできないだろう。

 本人が望みもしないのに、用意されるのだ。

 その席でさえも、カーンにとっては罰のようなものだ。

 着いたが最後、余計なしがらみと敵が増えるだけで、何ら望まぬ栄達の道だ。

 もちろん、ギルデンスターン統括長は気がついている。

 だからこそ、直属隊に突っ込んでいるわけだ。


「カーンが尻拭い、況や憎まれ役をする必要は無いだろう。

 悪しき先例を作るぐらいなら、潰してしまえばいい。

 第八の八は欠番で、九が新たな先備えとな」


「まぁそれはそれで..おもしれぇか」


「番号なんざどうでもいい。誰が何をするかだ。

 八の名前が欲しけりゃぁ、騙るがいいさ。

 実は金じゃぁ買えねぇよ」


「そうなんですがねぇ。

 おぅ、そこは焼くのは無しですぜ!

 ちったぁこっちの話も聞かねぇか、ガキどもが!」


 攻撃の調子を崩されて、変異体と無様にやりあう兵士達にウォルトが怒鳴る。

 変異体の数は少ないが、混乱が見て取れる。

 小隊を後ろから指示する者も冷静さが無い。

 むやみに焼き払うばかりだ。


 仕方なし。


 飽きたが故に、小難しい事ばかりが浮かぶ。

 スヴェンは大きく息を吸い込んだ。


 街中に咆哮が響き渡る。


 独特の声は、混乱しつつある兵士の頭にも直接届いた。

 獣人の本能に訴えかける声だ。

 それまでむやみに騒いでいた兵士たちは、耳を声に向かってたてる。


「小僧共ぉ、俺達はぁ何者だ!」


 咆哮の合間に、スヴェンが怒鳴る。

 そうして醜い鳴き声をあげる変異体と、地面に転がりながら組み合う兵士に近寄った。


「俺達はぁ何者だっ!」


 暴れまわる側に近寄ると、まるで敵なぞ目に入らぬかのように、スヴェンが怒鳴る。

 その問いに、食いつかれつつも兵士は答えた。


「俺達はっ」


「俺達はぁ何だ?」


「俺達は、ぐっ愚連隊、八八の愚連隊」


「よぉーし、そうだぁ。

 俺達はぁ、何者だ!」


 駆け回り戦い虫を焼き、炎で喉を枯らす新兵が、咽ながら答える。


「しっ、しを、死をも恐れ、ぬ、愚連隊」


「よぉーし、今日も愚連隊にはぁ、良い日和だぁ」


 そうしてスヴェンは大鉞を振り上げる。

 一閃された鉞によって、変異体は胴から真っ二つになり空に跳ね上がる。


「焼けぇぃい!」


 胴間声に食いつかれていた兵士が転がり避け、降ってきた死体に油薬が浴びせられた。

 一瞬で燃えがる炎を背に、スヴェンが吠える。


「小僧共ぉ、さっさと塵芥虫を片付けろぉ!

 塵芥虫共を叩き潰して燃やす、簡単なぁお仕事だ。

 それともなんだ。

 お前らも塵芥虫として叩き潰されてぇのか?

 そんな手間暇を俺にかけさせるタァ、ふてぇ塵芥虫だ。

 どれ一発殴れば、人間様に戻れるか試してみるか?

 違うってんなら、さっさと武器を握って振り回せ。

 できねぇってぇぬるい根性の奴はぁ誰だ?」


 答えぬ者達を見回すと、にじり寄る変異体を彼は蹴り飛ばす。

 それだけで異形は腹を潰され地面をのたうち回る。


「たかだか害虫の始末だ」


 いとも簡単に、暴れる頭部が踏みにじられる。

 潰れた頭部から溢れる虫。

 即座に炎がそれを舐め、不機嫌そうな表情が辺りをゆっくりと見回した。


「簡単な仕事だろう、それもできねぇ塵芥虫は誰だ?」


 スヴェンの鬼の形相に、混乱は消えた。

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