第566話 陽が暮れる前に ③
言葉通り、私とカーンの側には、ザムとモルドが控えた。
手早くミアとトリッシュの二人が残りの兵士を振り分ける。
「なぁ連れてってくれよ、夜になっちまうよぉ」
「可愛い女でもない男に縋られてもなぁ。
で、夜になると何がまずいんだい?
アンタ、武器は扱えるんだろう?
こんな僻地に来たんだからよぉ」
話しかけられたトリッシュが返す。
「野犬が多いって話だが、大人の男が固まって歩いてりゃぁなんとかなるだろ?」
「あぁ野犬、野犬な。
そうだよ、犬、だよ。
犬が怖いんだよ」
急に声を小さくすると、男は油断なくあたりを見回した。
その姿は誰が見ても、犬ではない何かを恐れているとわかる。
気軽な様子を装うと、トリッシュは言葉を重ねた。
「で、あんたら以外、中には誰もいないのかい?」
「あぁ、ああ、そうだ」
「使用人がいるはずだ。下女だっているだろう、普通?」
「俺達が来た時は、誰もいなかった。」
「貴様らの事情はどうでもいい。
どちらにしろ、無断で連れ出すも、この者達を引き取るもできる話ではない。」
ミアの言葉に、男達は何かを言いかけて黙る。
「どうしてもというのなら、貴様らの雇い主へと伝言を残したい。
貴様らの立会の元、書付を残す。
誰か読み書きのできる者はいるか?」
「なぁそんなもんいいから、陽のある内に連れ出してくれ。なぁ夜になっちまう」
「ぐずぐずしてる暇はねぇんだ、早く、なぁ」
「弁えよ!その物言いは何だっ」
取り縋る男達をミアが叱りつけた。
「我らに指図するとは、何様のつもりだ。
我らの行動に加わりたいというのなら、貴様らこそ従うのが道理だ。
まして貴様らを庇護する義務もない。
よく聞けよ、先に我らに言うべき事は何だ?
何も浮かばぬか、この無礼者め。」
彼女は、ひとり男の襟首を掴みグイッと引き寄せる。
それから牙をむき顔を近づけた。
「おい、アタシらの言う通りに動くんだよ。わかったかい?」
そうして釣り上げると、そのまま門を潜った。
当然のように、意識の無い墓守を乗せた馬も続く。
そうして私達も中へと入り込んだ。
勿論、中に館の主がいたとしても、中を見て回るつもりである。
乗り込む私達に、男達は槍先もさがり狼狽するばかりだ。
心が弱っている。
雇い主が不在だから?
何か見たのか、何かを隠しているのか?
入り込んでみると、やはり貴族の持ち物らしく城といっても差し支えない規模の建物であった。
建物は増築が繰り返された様子だが、貴族の別邸らしい豪華で凝った作りである。
田舎育ちの私から見ても、在りし日の姿、豪華で瀟洒な面影が残っていた。
石造りの尖塔が増築部分であろうか。
正面は煉瓦と木造の三階建。
両脇に石造りの尖塔ば建ち、正面右側、東方向の尖塔は大きな物だ。
その様は、優美な館に石の怪物が伸し掛っているように見えた。
馬車などを引き入れる場所には、崩れた噴水の跡と東側の尖塔に向かい奥に庭園の残骸が見えた。
半ば崩れた館は、外から見たよりも荒れ果てていた。
とても貴人が訪れる場所には見えない。
それにこの荒廃は昨日今日の事ではないだろう。
不穏な出来事が起き始めた、詳しい年月を少年に聞けばよかったと今更ながら後悔する。
「何が見える?」
カーンの囁きに、私はゆっくりと瞬きをした。
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