第319話 暫しの凪 ④

 天幕は治療後の者が寝かされていた。

 外に並ぶ負傷者も何れ、仮設の建物に収容するとの話だ。

 この天幕内は、治療直後の者の様子を見る為の場所らしい。

 それぞれの事情を聞き取り、ここから又、移されるようだ。

 話を聞いて回るのは神官達だ。

 並ぶ簡易な寝床の間を、彼らが行き来している。

 私が目覚めると一人が気が付き、調子を聞き水を飲ませてくれた。

 治療は終わり、後は熱を下げ薬を飲んで休む事。

 異変があれば直ぐにまわりに知らせる事。

 他には、吐き戻しがなければ、食事を少しづつとるようにと言われた。

 それは先の診察での医者の話と同じであった。

 肋の具合は思うよりよくないらしく、咳をする時は力を込めてはいけない。と、細々と注意も受けた。

 そして化膿止めの薬と解熱の薬の飲み方、煎じ方なども繰り返し説明される。

 厳しく小言のように繰り返すので、私は思わず笑いそうになった。

 たぶん、熱心で良い方なのだろう。

 失礼にも、何故か村の爺様連中を思い出し少し和んだ。

 この手の厳しい感じの神官様は、得てして子供を心配しすぎて避けられるのだ。

 まぁ私は見かけほど子供ではないので、ありがたいと思う。

 そして生活が立ち行かず行き暮れるようならば、神殿が面倒をみると小言を結ばれた。

 アイヒベルガーの民ならば、多くが侯爵が何とかするだろう。だが、それでもここに暮らすことができない者もいるはずだと。

 それに礼を言いたかったが、ここで私のなけなしの体力も尽きた。

 身を起こすと力が入らず、体の震えが増して殆ど喋れなくなった。

 髪はまだ湿っているし、どうにか起き上がらねばと藻掻く。

 それに神官が手を出す前に、覚えのある手が私を掴んだ。

 掴み荷物のように腕に乗せると、カーンはもう一方の手で薬の包を持った。


「すまんな、世話になった」

「いえ、くれぐれも養生を一番に、異変あらば直ぐにこちらへ」

「礼を言う。手洗いは大丈夫か」


 そこまで聞かれてうんざりとする。

 力の入らない今の状態では、手洗いもままならない。

 なんとしても食事をとり、折れていない方の足で立つことを考えねばならない。

 私の不機嫌をどう解釈したのか、カーンは楽しそうだ。


「炊き出しをしている場所には火の気もある。何か腹にいれて薬を呑むんだ。そこなら何かを食ってるうちに、髪も乾くだろう」


 まともに口もきけないので、頷く。

 炊き出しは屋外で行われていた。

 簡易な竈門をつくり、瓦礫を利用して食卓や椅子の代わりにしていた。

 瓦礫は寒さ避けに積み上げられ、火種にもなっているようだ。

 暖をとるためか、石組みの焚き火も並んでいる。

 その側には防水布で屋根をつくり、雪よけがされた場所もあった。

 半壊した建物がその横にあり、囲いと手洗いが作られている。

 死体だらけである。

 せめて汚物の処理だけはきちんとしたのだろう。

 疫病対策に並ぶ手洗いを見て、私は覚悟を決めた。

 なんとしても自力で利用する。

 手洗いの前に下ろしてもらう。

 そうして扉にすがりついて肩で息をする。

 見かねたカーンが手伝いを呼ぶというのを、食事の手配に追い払う。

 そうして尊厳は守られたが、又も倒れた。

 出てきた所で力尽き、再び担がれ荷物になった。

 まぁ生きるということは、あまり格好がつかないと理解できた。


「強情っぱりだよなぁ」



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