第64話 銀の浮き彫り

 聖堂の壁に巨大な銀の彫刻が置かれている。

 彫像ではなく、壁一面に浮き彫りがなされているのだ。

 見たこともない景色である。

 このような場所に塵が積まれている事が、逆に不安で怖くなる。

 そして、その銀の浮き彫りが描く世界も、気持ちの良い物ではない。


 入り口から右回りに進む。

 浮き彫りは、その順序で始まっていると思う。


 男と女、そして蝶の話だ。

 太陽と月が照らす森に、男と女がいる。

 仲が良いのか手を繋いでいた。

 次は、男が狩りをしており、女は妻だろうか?

 楽しく仲良く暮らしている。

 とても豊かな自然と実り。

 次は、争いの場面だ。

 戦なのか、人や奇妙な生き物が入り乱れ、命を奪い合っていた。

 写実的ではないのに、とても醜悪に描かれている。

 そして次、男が地に伏し、女が祈っていた。

 男は死んだのか、女が泣いている。

 嘆く女を囲む黒い影。

 すると、天に巨大な蝶が現れた。

 女は、男の首を持って、蝶の後を追う。

 蝶は、山を越え谷を越え、そして地の底へと飛び去っていく。

 女が辿りついたのは、地の底の川であり、その流れの先の泉であった。

 女の持つ男の首は、髑髏になっている。

 女はその髑髏を抱えて、泉に沈んだ。

 すると女は蝶になった。

 蝶は、泉のほとりで羽を広げて休んでいる。

 その泉の底には、たくさんの骨と髑髏が沈んでいる。


 ここまで見て、疲労感と苛立ちに奥歯を噛み締めた。

 ここの住人は悲観主義者か、気鬱の質なのだろう。

 私の性格も明るくないが、聖堂に陰鬱な彫刻を飾る気がしれない。

 救いを求める場所が、ごみ捨て場になるのも納得だ。

 だが、水底の絵の次に置かれた紋様に動きが止まる。


(来るぞ)


 いつも、手遅れの警告に舌打ちをする。

 扉を開けて、それが入って来た。

 なぜ、扉を塞がなかった?

 と、今更、考えるがこれも又手遅れだ。

 ナリスを責めている場合ではない。

 鎧を着た蜥蜴が尾を揺らしながら入ってくる。

 獣人ではない。

 ぼろぼろの胸当てに、錆びた剣。

 如何な田舎者でも、人と化け物の区別はつく。

 区別はついても、驚きと恐れに狼狽はする。

 私は背後にある、最後の彫刻に手をついた。

 それが描く紋様の上に。

 すると、最初にこの地下へと飛ばされたと同じく、足元から薄紫の光りに包まれた。

 ゆっくりと薄物の布が広がるように、薄い光りが私をつつむ。

 目前に迫る爬虫類の舌を見ながら思った。


 私は、どうしていつも間違うのだろう?


 ***


 目が回っている。

 そして温かい場所だと最初に感じた。

 仰臥して、冷たく硬い石?の上にいる。

 瞼を開くと薄紫の光りが消えていく。

 ゆるゆると光りの布が下がっていくのが見えた。


「これも一方にしか通れないのか?」

「娘よ、選んではならぬぞ」

「何を」

「宮の主ぞ」


 相変わらずの意味のわからない答えに、身を起こす。

 胡座をかいて顔を上げれば、遠くに蝶がいた。


「お前だけは、選んでくれるな」


 ナリスの呟きも、蝶の羽ばたきに流された。



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