第63話 気配 ②

 石の街と、この建物の違いは照明だ。

 残骸とはいえ、この通路と部屋には燭台がある。

 ここには灯りを必要とする者がいるのだ。

 それはあの、最初の地下の部屋にもいえる。

 右手の窓からは、この街を蓋する石の天井がよく見えた。

 天の代わりの石天井には、うっすらと霞が漂っている。

 最初よりも暗い景色で、まるで荒天のようだ。

 高い場所に位置するここは、少し神殿のように思える。


 夜、なのだろうか。

 外は夜なのだろうか。

 ここは、永遠に夜なのだ。


 部屋には敷物が残っていた。

 主通路を示すのか、臙脂色の物が扉から正面の扉へと続いていた。

 碧い色は無い。

 どうしたものか、と、入ってきた扉の前で止まる。

 扉越しの息遣いに、追い詰められた。

 震え病み疲れたような息遣い。

 人よりも笛を吹くような勢いだ。

 振り返り問うべきか。

 意気地ない私は、臙脂の敷物が続く正面の扉に手をかけた。

 扉の先は、細長い廊下だった。

 右手片側は、等間隔の柱が立つだけで壁がない。

 どうやら、建物の最上階へと向かうようで、角を曲がる距離が短くなっていく。

 左まわりに進みながら、拙いことになったと焦った。

 感は良いが、運が無い。

 常々思っていたが感が狂う場所では、その運が無いのが致命的だ。

 目の前には、最上階らしき部屋の扉。

 逃げ道は無く、逃げるとすれば、この高台から飛び降りる以外に無い。

 行き止まりの扉の前で立ち止まる。

 ちらりと目の端に見える影は、人にはあらざる尾が見えた。

 獣人なのか?

 だとしても獣人なら、そのような獣姿になるのは先祖返りか戦う時だろう。

 そして、彼らなら黙って小娘の後をつける事も無い。

 公爵のモノなのか?

 それともここの住人か?

 どちらにしろ、肉食の姿に見えた。

 決して侵食をうけてはいないと口では言うが、すでに驚きもなく化け物だろうと想像する自分がいた。


 ***


 部屋に入る。

 外から見たら、ここは塔の天辺か。

 天井が高く、部屋は薄暗かった。

 そしてこの部屋だけは、朽ちていた。

 朽ちる物が置かれていた。

 今までの部屋は、灯り以外に物がなかった。

 家具も小物も見当たらない。

 まるで、今、引っ越したのだという感じだった。

 もしかしたら、本当に引っ越した後だったのか?

 だが、この部屋には朽ち残骸となった品々があった。

 朽ちた木箱、埃を被った長櫃などが、雑然と置かれている。

 長櫃の中身は、朽ちた原型を留めない物で溢れていた。

 布のような何かだが、時の洗礼を受けて意味を失っていた。

 木箱は、割れた硝子の瓶が詰まっている。こちらも、それの中身が酒なのか水なのかわからない。

 そんな意味を失った木箱や櫃が放置され、天井近くまで積み上がっていた。

 場所から考えるに、物置ではない。

 だが、この様子から、ここはごみ捨て場になっていたようだ。

 その塵がなければ、ここは聖堂のように見えた。

 神聖な場所、教会や神殿の祈りの場に。

 そして割れた窓の残りには、色硝子が美の名残を見せていた。

 壁には黒ずんだ銀の彫刻が飾られて。


 異様な物語を語っていた。

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