第62話 気配

 息を整える。

 いつもの感覚を手繰り寄せようとした。

 すると妙なことに、通路の壁の色が眩しい。

 今まで、たいした色味を感じなかった壁が、様々な色を主張し始めたのだ。

 七色に輝き、それぞれが模様のようにくっきりと分かれて見える。

 騒々しいまでの主張に、目を眇めた。


「なんだ、これは」


 赤い流れ、緑の流れ、黒い筋に..


「碧だ」


 渦を巻き、くねる。

 それは碧い色の線だった。

 壁の上に浮き上がるようにして輝く色の中、その一筋の色をたぐる。

 慎重に足音を忍ばせて、歩き出す。


(わかるか?)


 通路を進むと、背後から気配がした。

 誰かが後ろにいる。

 装飾がなされた通路の先には、人影はない。

 相変わらずの静けさだ。

 その通路を曲がる度に、後ろからヒタヒタと足音が追いかけてくる。

 この通路には、所々に蝋燭が置かれていた。

 無人の廃墟のようだが、その蝋燭は灯っている。

 誰かがここにいるのだ。

 背後の誰かは、あの番人ではないだろう。

 あの重い足音ではない。

 この灯りをつけている者かもしれない。

 だが、どうでもよかった。

 ともかく、外に出たい。

 空の下に戻りたい。

 帰りたいんだ。


 碧い線をたどり、通路から小部屋へと入る。

 何の家具も装飾もない小部屋だ。

 その奥の扉を開くと、同じような部屋に出る。

 背後の気配が気になり、次々と扉を開く。

 同じような小部屋が続き、どちらを向き、何処を通り抜けたのかわからなくなった。

 昔、何かが暮らしていたのだから、この扉で繋がる小部屋にも意味はあったはずだ。

 覚える事もできないような作りは変だ。

 こうして方向を判らなくする為、なのだろうか?

 小部屋ごとに罠や兵士を潜ませていたのか?

 そんな疑問も、背後の気配が近づいてくると消え失せた。

 バタンと扉を閉めると、後にした小部屋に誰かが入る。

 ひとつ扉を挟んでついて来ていた。

 どうやって私が選ぶ扉がわかるのか?

 小部屋の四方に扉がついており、その扉の先は又、同じつくりになっている。もちろん、咄嗟に碧いと感じる方向に進んでいるから、同じという確証は無い。

 背後の気配は、ぎりぎりで私の背を見ているのだろうか?


 カーンのような獣人か、それとも公爵の配下か?

 人、ならば怖さも減る。

 人、でないなら、どうしよう?


 カーンは、生きているだろうか?


 ふと、思い出す。

 あの男なら、生きているような気がした。

 人を殺す姿は知っている。

 だからか、逆は思い浮かばない。

 同じ速度で躊躇いなく扉が開く。

 私が部屋から出ると、すぐ後ろにいる。

 次の間は、やっと大きな部屋に出た。

 左手に3つの扉。

 右手に窓。

 奥には扉が一つ。

 長方形の部屋だ。

 装飾的な室内灯の残骸が天井から下がっている。

 閉めた扉の前にいると、扉一枚挟んで、佇む気配。

 息遣いが聴こえた。

 敵意があろうがなかろうが、無言で追われるのは怖かった。

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