第61話 選定者 ②

 宮の番人は、穢れた者に触れる。

 故に、お主は恐れる事は無い。


 フフッとナリスが笑う。

 幅広の刃物が下がる。

 私は、ナリスの言う番人を見上げた。

 人、ではない。

 確かに、人間ではなかった。

 人にあるべき物が無い。

 番人には、口が無かった。

 入れ墨が頭部から顔に向かってはしっている。

 目と鼻はあるのに、口の部分には何もない。

 頭髪もなく、眉もヒゲもない。

 そして耳も、無い。


「宮の主に造られた番人だ。

 穢れた死人に見合った罰を与える。」


 番人は不思議そうに、私を見る。

 その両手には、幅広の鉈があった。


 ぎゃぁあああぉぉおおぅうぅううひぃいいぃぅ


 突然、繋がれた姿が絶叫した。

 歯を剥き出しにし、獣のように叫ぶ。

 繋がれた五人は、それまでの静けさが嘘のように騒ぎ始めた。

 私が唖然としていると、番人は彼らに再び向きを変えた。

 今度は容赦なく袈裟懸けに切りつけている。

 彼らはそれでも騒ぎ続けた。

 そして、


 ニゲロ


 と、粉屋の次男が言った。

 確かに私に向けて、逃げろと叫んだ。

 異形の姿は、叫び番人に歯を剥いている。

 番人は、何度も何度も彼らに斬りかかる。

 きっと私がいる限り、目の前の事は続くのだ。

 私を逃がそうと彼らは暴れ騒ぐ。

 彼らは私を許そうとしている。

 それを仕方なく受け入れた、と、嘘をつけるように。

 卑怯者は私。

 この卑怯者め。

 一度振り返り、彼らの姿を見てから、私は逃げた。

 卑怯な自分が、嫌だった。


 ***


 闇雲に走る。


 良心の呵責に耐えかねて、石碑をあとにして走る。

 無人の街を抜け、いつしか壮麗な通路に転がり込んでいた。

 忠告の碧い道は、何処にも見当たらない。

 見回す通路は、大理石に幾何学模様の壁が美しかった。

 碧ではなく、赤い花がそこここに描かれており、敢えていうなら赤い道だった。

 つまり、上には向かっていない。

 ナリスに道案内させようにも、ここは魔のざわめきが大きすぎて見えないそうだ。

 肝心なところで役に立たない。

 カーンに生きて出会えたなら、これをガラクタと称する彼に必ず返そうと思った。

 息がきれ、膝を折った。

 馬鹿な自分、狂った場所。

 何もかもが、嫌だ。

 村に帰りたい。

 チリンと鈴が鳴る。

 何故か、帰れないという思いがわく。

 もう、戻れない。

 そんな予感に身震いした。

 私は辺境の狩人。

 だが、村の人間ではない。

 私は、捨て子だった。

 元より帰る場所は無い。


(娘よ、この先に何かがおるぞ)

「どうしろと?」


 自分がおかしいと気がつく。

 いつもの感覚が失せていた。

 森にいる時の、自然と繋がるような感覚が無い。

 五感のすべてが鈍っているような気がした。


(魔の侵食に慣れ始めただけぞ)

「違う、ここがおかしいだけだ」

(そうか)


 あまりに普通の返しに、笑いがもれた。

 少しもおかしくないのに、何故かぼやけた視界のまま笑った。

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