第42話 境界

 闇に銀の輝き。

 智者の鏡は、相変わらず表面を蠢かせていた。

 それを前に掲げて、改めて歩きだす。

 向かい風は、すこし湿り気を帯びていた。


(止まれ、後ろに戻るのだ)


 停止と逆行を繰り返す。

 ナリスは幾度も向きを変えた。

 暫く、そのとおりに歩むと、流れる空気が軽くなる。

 どのくらい闇を進んだろうか?

 前進しているのか、後退しているのかわからなくなった頃。

 唐突に辺りの闇が消えた。

 それは光りを取り戻したのではなく、唐突に緞帳どんちょうが上がったかのようだった。

 そうして、闇が拭われると、そこには奇妙な景色が広がっていた。


 ***


 回廊は崩れて終わっていた。

 私達は、その崩れた端に立っている。

 見渡す景色は、地下であるはずなのに広大で明るかった。

 光源はわからない。

 霞がかかる地平と天を覆うのは岩肌だ。

 広大であり息苦しくも感じる奇妙な景色は、石の都である。

 回廊は高所にあり、広がる都はだいぶ下だ。

 崩れたこの場所のすぐ下には、円形の広場がある。

 そこを見れば、私とカーンが探しものがあった。


 爺達だ。


 私達は崩れた建物、それも壁沿いの一番の高所に位置していた。

 広がる都を地上階とすれば、その円形の広場は、その中間にある。

 木に生える茸の傘のように、その広場は扇状に広がっていた。

 そしてその中心にある台座から、扇の骨組みのような溝がはしっている。

 排水溝なのだろうか、その溝は長方形の台座に繋がっていた。それが3つある。


「奴ら、何をしてるんだ」


 私の呟きに、カーンもナリスも答えない。

 3つの台座も扇状に並び、中心にある皿のような形の台座に繋がっていた。

 皿には何も乗っていない。

 その横には二人の男がいた。

 たぶん、領主の元に来た男達だ。

 異様な雰囲気がそこには漂っていた。

 内輪もめなのか、彼らは二手に分かれている。

 彼らの連れである騎士や従者達は、それぞれに分かれて何やら話をしていた。

 注意深く見れば、爺達がいる集団は相手よりも少ない。位置は、この回廊の終わりより奥の方か。

 たぶん、爺達は台座の男二人から距離をとろうとしているのだ。

 そして一方は、反対に台座の方へと距離を詰めていた。

 敵対というわけでもないのか?

 爺達は、何かを必死に訴えていた。

 領主もいる。

 領主の腕を掴み、爺達は何か必死に、たぶん。


 そっちにいってはいけない。

 もどって来なさい。

 そっちは、あぶない。

 と、言っているみたいだ。


「旦那、あれは」

「坊主、良い子にしてな」


 カーンは、足場を探しながら下へと飛んだ。


(娘よ、行ってはならぬ)


「どういうことだ、爺たちが」


(選んではならぬ)


 何を言っているんだ?

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