第41話 亡者の手 ②

 女の悲鳴。

 階下のあの靄だったのかもしれない。

 不愉快な高音に耳が痛む。

 私はたまらず、膝をついた。

 手は消え、身のうちの冷たさも霧散している。

 安堵していると、カーンは剣を戻した。


「まだ見てやがる。死んでる癖に図々しい」


 そういう問題か?

 力が抜けて、間抜けに息が口から漏れた。


「立てるか坊主、俺の側にいろ」

「今の、何です」

「死人だってぇガラクタが言うなら、そうなんだろ」

 (シネ)

「..今のは幻聴か?」

「初めて、見た」

「そりゃ、俺だってはじめて見たぞ。と違って、おもしれぇよな透けてる幽霊?ってのはよぅ。見世物小屋みてぇだよな」


 動く?聞き間違いだろうか。


「見世物って..」


 先を促すように、言葉を続ける。

 狼狽している自覚はあった。だが今は、沈黙したくなかった。


 田舎に来る見世物といえば、大道芸か旅の芝居者だ。

 そう言うと、カーンは王都に通年居を構える、そうした見世物を興行する商いがあると教えてくれた。

 芝居小屋や曲芸を売り物にする店が、花街が寄り集まる地区にあるそうだ。

 歌舞音曲かぶおんぎょくや芸術その他の文化文明華やかな、都の白夜街びゃくやがいというのがそれだと。


「子供だましだが、見物料をとって奇妙奇天烈な物を見せるんだ」

「奇妙?」

「大体は、動物にハリボテつけたりするインチキだがよ。客だってわかってて面白がるのさ。まぁ男相手に蛇女だ何だと言って女の..」


 カーンが急に黙った。

 どうしたのかと伺い見る。


「化け物なら、ここにいそうだよな。連れてけば金になるかもな」

「人を食べる蝙蝠みたいなのとかですか」

「本物の蛇女とか、いねぇかな」


 冗談にならない。

 本当にいそうだし、この男なら持って帰りそうだ。

 私の視線に何か感じたのか、カーンは視線をそらした。


「冗談じゃねぇかよ、笑えよぅ」

 (シネ)

 私ではない。

「やっぱ、聞こえたよな?」

「...」


 回廊は壁側にそって緩やかに曲がっており、時折、カーンが言うところの死人の気配が漂う。

 生き物の気配はわかるが、その死人の気配というのが、私にはわからない。

 その気配以外、進み続けても回廊に変化はなかった。


 変化は無く、入り口の穴に戻った。


 私達は、黙って見つめ合った。


 曲がっていると言っても、円を描くほどではないし、そんな長い距離を歩いた訳ではない。

 傾斜も距離も、そこまで自分の感覚は狂っていないと思うし、カーンは獣人である。感覚の鋭さは、私以上だろう。


 私は、懐からナリスを引き出した。


「これで役に立たねぇなら、捨てていこうぜ」

「旦那の首より価値があるんでしょう?」

「ついうっかりっていやぁ、相手は神官だ。騙されるかもしれねぇ」

「シネ、イヤシイケモノハ、シネ」

「..もう一度、風の向きに沿ってみますか」

「こいつ聞こえるように言ったよな、今」


 私はナリスを取り出すと、前方に掲げた。






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