第512話 遡上 ③
雲が切れ、雨が止むと朝陽が顔を出した。
天からは光りの帯が降り、地上からは白い
私達は川沿いの見通しの良い場所で休憩をする事にした。
川原の石で炉を組み、火を興すと手際よく調理を始める。
何事も彼らは手際が良く、迷いがない。
私がする事と言えば、邪魔にならぬように、そして警戒にあたる者から離れないようにする事。
やらなくてもよい火の番をする事、ぐらいだ。
カーンは、ミア達と少し離れて話をしている。
私は小枝と枯れ草を時々炎にくべ、暇を潰していた。
側にはザムが警戒に立つ。
彼の剣は、中型だが見るからに重量のありそうな両刃の剣だ。
そして背中には片手斧。
肩当ては盾にもなるらしく、そのまま肩口から突撃すると、大盾でもヒビを入れられるそうだ。
何で知っているかと言えば、勿論、暇な私が官給品以外の装備について質問したからだ。
移動組の殆どが、官給品と自分の持ち物を組み合わせている。
色々な種類に変わった色具合で、見ているだけで楽しい。
『今日は、もう、降らないね』
不意に、言葉が聞こえた。
当然のように聞こえた子供の声に、私は飛び上がった。
「どうした?」
すかさずカーンに気付かれた。
私はなんでも無いと返す。
辺りを見回すが、それらしい何かは見えない。
傍らのザムにも何も聞こえず見えていない。
背後に立つ男を振り仰ぐも、不思議そうに見下された。
空耳、か?
誰にも聞こえず、見えないのだから、多分、幻聴である。
幻聴だとしたほうが気が楽だ。
それにグリモアではない。
彼らは、沈黙している。
大丈夫、私は、大丈夫?
『雨は、嫌いなんだ』
ひゅっと息が詰まった。
幻聴ではない。
滑るような感触。
川縁に生える草の間を、目だけを動かして見る。
水面と草の間に、眼があった。
赤い眼だ。
『久しぶりの人だね
朝のご挨拶に来たよ。
お花が咲くからね。
もうすぐなんだ。
だからご挨拶だよ。
約束したからね。
久しぶりの人だ。
お花が咲くの。
もうすぐ、皆、起きるんだ。
もう一人ぼっちじゃないんだぞ。
いっぱいいっぱい咲くからね。
お花、お花?
あれ?
わからないの?
お花はね、この世には無い、お花の事だよ。
約束、約束したんだ。
お花が咲いたら...』
それは眼を光らせて、葦の間で私を見ていた。
口には死んだ鳥が咥えられており、今まさに血を啜り肉を喰らおうとしていた。
『みんな、戻ってくるんだよ。
この世に咲かないお花が咲けば
この世に咲いてるお花が消える
はやく、お花、咲かないかな』
無邪気で可愛らしい声が途絶える。
気を取られていた私が何かをする前に、傍らのザムが動いた。
何かを察したと言うより、私の様子から視線の先を追ったようだ。
彼は意識を向けると同時に軽い一歩を踏み出す。
助走なしのひと踏みだというのに、そのまま飛び上がり無造作に剣を振りかぶった。
跳躍からの間合いは一瞬で、振り抜かれた剣を避ける隙は無いように思えた。
それは瞬きの間であり、電光石火の早業であった。
飛び散る草木。
だが、振り抜いた本人が一番わかっていた。
それは剣先をすり抜け、葦だけが吹き散る。
そうして切り払われた先には、何もいないことを証明した。
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