第199話 コインの表

 城塞跡というだけあり、街は崩れかかった城壁の中にある。

 崩れた壁だが、美しい花が咲き緑がこぼれ、景観は損なわれていない。

 静かに行き交う人々、穏やかな雰囲気。

 トゥーラアモンの緊迫した重い空気は、ここには無かった。

 街の入口には、申し訳程度の警備の兵が立っている。

 服装から見ると、フリュデンの自警団員といった具合か。

 職業兵士には見えない。

 笑顔で領主の鑑札かんさつに目を通し、通行の許可を出す。

 実にほがらかで、ここが街の警備のかなめとは思えない。

 門を潜る男達に続き、私も馬を進めた。

 と、そこで腰に回されたエリの腕に力が入った。


「なに?」


 それにエリは、己の鼻を指さした。

 私は先を行く男達をうかがう。

 少し距離ができていた。

 私達のやり取りは気がついていない。

 私は一度頷くと、瞳を閉じた。

 それから深く息を吸い、再び瞼を開く。


 ***


 レイバンテールの屋敷は、街の中心にあった。

 上品な邸宅である。

 住民の殆どが、昔の建物を利用し、そのまま暮らしていた。

 だが、レイバンテールの屋敷だけは、新たに建て増したようで貴族の館の作りであった。

 不意の客だというのに、屋敷の使用人たちはにこやかに出迎えた。

 どうみても不審な客だと言うのに、愛想だけは良い。

 主人への取次の間、私は失礼にならぬ程度に辺りを見回した。

 贅沢な調度、下品にならぬ程度に華美、そして奇妙に薄暗かった。

 玄関の広間には、冬の為か造花が飾られている。

 この建物は二階だてなので、階上へ続く階段が中央に見えた。

 その両脇を奥への通路と、控えの間の扉が挟む。

 裕福だ。

 そして見かけた使用人も、トゥーラアモンの使用人と遜色そんしょくのない装いだ。

 この館だけが、の佇まいからかけ離れていた。

 寂れた街で、人々は一様に朗らかだが、見るからに不景気な風が吹くような有様だった。

 並ぶ品々は粗悪であったし、食事処は閑散かんさんとしていた。

 物乞いや浮浪児の類は見かけなかった。

 そういえば、老人も子供見ていない。

 冬の寒さを凌ぐため、家の中にいるのだろうか?

 ともかく、この館の中だけは、そんな寂れて貧しい様子は無い。

 ただ、灯りが乏しい。

 そして寒い。

 外よりも、湿気っている。

 暫くして、使用人が戻ってきた。

 レイバンテール本人は不在で、代わりに奥方が来るそうだ。

 主人の支度を整える間、客間へと通される。

 客間は南向きで、外からの陽射しが射し込み、多少は暖かい。

 やはり暖炉には火が入っていない。

 薪代に事欠くような様子ではないので、歓迎されていないのだろうか。

 サーレルとラースが腰掛けて、エリもその隣に座らせた。

 私は、そっと窓辺に寄る。


「貴方も座りなさい。私の連れなんですから」


 それに私はかぶりを振った。

 サーレルの言う連れとは、道連れ、一蓮托生いちれんたくしょうの意味である。

 やがて、茶が供され、その茶がすっかり冷めた頃。

 レイバンテールの奥方がやっと現れた。



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