第624話 目覚めし者は優雅に嘲笑す ⑧

 旦那も着るんですか?


「砦にいる時はな。

 知らん者が見ると、盗賊の親玉に見えるだろうさ。

 まぁ事情をわかっている砂漠の民だとしても、恐ろしかろう。

 悪さはしてねぇが、問答無用で疑わしい者を引っ立てるのが仕事だ。

 南部の流儀は、こっちとはだいぶ違うんだ。」


 厳しい場所なんですね。

 でも、緑深い場所もあって、果物の木がいっぱいの場所もあるんですよね。

 動物も、鳥もいっぱいで。


「確かにそうだな。

 荒れた場所ばかりじゃない。

 お前の好きな果物の種類も豊富だ。

 生の果物はもちろん保存食に干し果物も色々あるぞ、それに豆類は東よりたくさん種類がある。」


 夢のようですね。


「..まぁ現実を評うのも無粋だよな。

 それに、あながち間違いでもねぇか、うん。果物しか採れないが、お前にしたら天国みたいなもんか」


 果物天国、素敵ですね。


 そして何よりも、こうして無駄話が伝わる相手に感謝をする。

 不自由さ、不安を覚えずにいるのは、こうして話し相手をしてくれているからだ。


 カーン、ありがとう。


 重ねての礼を述べる。

 考えの読み合いを許してくれる事がありがたかった。

 当のカーンは、意味がわからなかったのか何も言わずに肩を竦めるだけだ。

 そうして時間を潰すうちに、館の炎は思うより早く消えた。

 確かに燃える部分が少なく、湿気っていたからだろう。

 黒く焼け焦げた骨組みと石の尖塔を残して、館は崩れた。

 残る尖塔も半ばから折れ、残骸である。

 焼け跡を探る兵士たちを他所に、再び館敷地内に戻り、私は隅で見物だ。

 カーンは焼け跡の検分に、私は護衛のザムの側でおとなしくする。

 酷い臭いだ。

 煙りをあげ、そこかしこで赤い燃えさしが燻る。

 それを見ながら、私は考えていた。


 遺体の残り。

 ここで行う意味。

 うっすらとわかる事。

 コルテスの息子。

 医師のキリアン。

 不死鳥の館。

 失った物。

 平らかならざる人生を負う者。


 だが、私は知らない。

 人からの話。

 カーンから伝えられたコルテスの地の話。

 グリモアが教唆する答え。

 うっすらと、わかる事。


 簡単な事だ。


「何か見つけたようですね」


 護衛のザムが、私を促す。

 焼け焦げた庭園の先、尖塔の方から兵士が手を振っている。


「行きましょう」


 歩く練習の為に、手を引かれる。

 最初、カーンと同じく抱き上げられそうになった。

 このまま言いなりになっていると、皆に運ばれる事になる。

 危機感を覚えて、歩く練習も兼ねて自力歩行を提案した。

 許可がカーンからおりると、何故かミアが残念がった。

 どうやら私を抱えたかったようだ。

 いや、幼い子供のように抱えられるのは、嫌だ。

 と、伝えたのだが、あまりにも残念そうなので、足が痛くて駄目な時だけお願いする約束をした。

 それに獣人女性の筋力を試すのは、気が引ける。

 カーンのような大柄な人物なら気兼ねも恥ずかしさも小さいのだが。

 まぁミアは力持ちなのだそうで、片手で持ち運びされるのが容易に想像できた。

 多分、私の自尊心の方が再起不能になるだろう。

 そうして足元の悪い場所を、崩れた塔の方へと向かった。


 塔は中程から、館側にゆっくりと崩れた。

 右半分の部屋を潰し、残骸は炭に、残りは煤と焦げに覆われて転がっている。

 基礎部分から、私の背丈ほどの高さで塔は残っていた。

 その周りは、ごろごろと壁面が山になり、兵士達はその上に立っている。

 旦那はどこだろうか?


「ここだ。中にいる」


 瓦礫を登ると、崩れず残った中がよく見えた。

 覗き込み、驚きながらも、やはりとグリモアが頷く。


「オリヴィア、これが原因か?」


 私もゆっくりと頷きを返した。

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