第285話 極光 ②

 ふと、今、いつ頃なのかと思う。

 朝焼けか、それとも薄暮の頃なのか。

 薄桃色の空に、雪のような灰が舞っていた。

 空を見上げた七つの首も、それを見たのだろうか?

 何を探したのだろうか?

 帰る場所を探したのだろうか?

 それも差し込まれた一瞬の景色であり、実際は恐怖で引き伸ばされただけの間だ。


 凍りつくような音。

 何かが弾け、焼かれるような音。

 奇妙な音がした。


 目の前で、その巨大な姿は動かない。

 そして大樹が切り倒されたかのように、首のひとつが折れて崩れた。

 蠎は身を震わせると、首を一つ一つ地面に横たえていく。

 何れも石にでもなったように固まり、ひび割れてだ。


「逃げなさい!」


 サーレルが言葉と同時に、侯爵と私を後方へ投げた。


 崩れかけの城が、石壁を飛ばし梁が折れて辺りを揺らす。

 巨体が半ば崩れた城を破壊しながら倒れ込む。

 辺りは火薬と砲弾を一度に投げ込まれたような有様だ。


 何故だろう?


 恐ろしいのに、笑いがこみ上げてくる。

 人が無惨に殺され喰われ、死体が山となっているのに。

 私達は必死に逃げている。

 それこそ、化け物に追いかけられるより必死にだ。

 死を覚悟していた侯爵でさえ、その倒壊に泡を食い駆け出す。


 なんて、おかしくて悲しいのだろう。


 ***


 蠎が冷え固まる頃、天には極光が現れた。

 極光はゆらゆらと揺らめき、イエレミアスの足取りのように楽しげであった。

 私はといえば、倒壊した建物の壁の隙間に挟まれて、その揺らめきを見上げていた。


(シュランゲの呪術師をどう思う?)


 死してなお、呪術を続けた。

 凄まじい執念だ。


(そうだね。どんなことをしたかわかったかい?)


 神様の像を作るのと同じだ。

 神様の像は、神様じゃない。

 けれど形をつくって、代わりにする。

 祭りや神事にも同じような方法がある。

 人柱や生贄を止めるかわりに、農作物を捧げたり、人形をおさめるんだ。


(身代わりだね)


 呪術とは、概念が同じならば、多少の齟齬があっても当てはめ利用できる。

 婆様は、精算した後の事を考えた。


(沢山の命が失われた後の事だね)


 自分自身も術に囚われている。

 だから、その中でどうにか折り合いをつけねばならない。

 確実に捧げられる対価は、アレンカだ。

 彼女は確実に、神罰の対象になりえる。

 魔を神に戻す為の、理由になる。


(死んだ後のできごとを死者は把握できないからね。

 確実に愚かな行いをし、罪を重ねるであろう彼女を中心に考えた。)


 私が考えた事は、あっているかな?


(合っているよ。正解ではないけれどね。おおよそは同じだよ。

 じゃぁどうしてナーヴェラトは、死んだと思う?)


 ナーヴェラトは死んでいない。

 死んだのは、蠎の化け物だ。

 神は力を戻し、消えたのだ。


(つまり?)


 この土地には、地母神の加護があり、その子供である白蛇がいる。

 概念として、そして現実として小さき蛇神がおられる。

 ならば、同じだ。


(まさに剛腕剛力をふるって、屁理屈を真実にした。あっぱれだね。

 自分の生まれを偽る小者とは大違いだ。

 魔物を神に戻したのだからね。)


 蛇神様は満足され、神に戻られた。

 と、婆様はまとめた。

 地母神の子と悪食を同一の神とした。

 だから、ここにはもう悪食はいないのだ。

 あの輪は、恨み辛みの踊りではないのだ。

 子を守る神を呼ぶ祭りなのだ。

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