第693話 帰路にて ⑤

 天幕をたたみ帰路につく。

 と、再び猫で悶着がおきる。

 昨日は村から足慣らしに歩いた。

 その為、猫は私の後ろについて回った。

 今日はフォックスドレドの湿地まで歩きだ。

 私は再びカーンに運ばれる事になる。

 当然..


 カーンが私を抱えると猫が激怒。

 猫を抱えた私をカーンは、抱えたくないと拒否。

 私が歩くと言うとカーンが激怒。

 猫付きの私をカーンが渋々抱えると、今度は猫が激怒。

 ミアが私を抱えると申し出るが、カーンが拒否。

 で、最初に戻る。


 この間、公爵は笑いすぎて脇腹を押さえていた。


「お前は歩け、嫌ならついてくるな」


 猫が威嚇音を出しながら背を膨らませる。


「あぁ、姫。

 テトにはお願いするのが良いですよ。

 女の子のお願いは特別です。

 この子は必ず願いを叶えようとしますから」


 息継ぎが困難そうな公爵の提案に、戸惑う。

 願って聞き入れてくれるとは思えない。

 それに公爵の姫呼びが定着しそうで嫌だった。

 何故か他の者も、巫女から姫呼びになっている。


「捨てたほうが簡単だろ」

「まぁまぁ落ち着いて..ふふっ」

「笑うのを止めんと、猫に願って貴殿に嗾けるぞ」

「南領の大貴族にしては狭量ですよ」

「名ばかりの成り上がりだからな」

「御冗談を、まぁ年寄りの話もたまには聞いてはどうですか?」

「どんな話だ?」

「これは公王親族の為につくられた生き物だといいましたが、覚えていますか?」

「貴重な猫だと言いたいのか?」

「それだけではありませんよ。

 わかりますか?

 公王親族、姫殿下用の嫁入り道具なのですよ」


 公爵は息を整えると、薄っすらと笑みを頬に乗せて静かに続けた。


「見た目は猫だ。

 何処にでも連れていける。

 何処にでもね。

 意味はわかるでしょう?」


「猫を飼うなら、普通ので十分だろう」


「普通の猫では駄目なのはおわかりでしょうに。

 人は裏切るものですが、彼らは裏切りません。」


「意味はわかったよ」


「テトは、気に入った飼い主の敵は許さない。

 武装した獣人に噛みつく生き物は滅多にいないでしょう、違いますか?

 人間も含めて、そんな生き物は中々いない。

 それほど気が強く、それでいて主に忠実。

 男が入れない場所、護衛も入れない場所でも猫、ですからね。

 ひとり輿入れをしたとしても、テトがいれば心強い。

 彼らは死ぬまで、主に尽くすでしょうから」


 私はテトを見た。

 そうだったのか、と。

 無邪気な魂が宿る姿。

 無邪気な願い。


「命懸けで主の敵を攻撃する。

 だから公王家は、このテトを飼う。

 今では個体数が減ってしまってね。

 毒にはテトも弱いからね。

 ランドール殿のところの群れも数は少ない。

 何れこの子も彼らの群れに引き合わせてあげたいものだが。

 まぁそれはよいとして、さぁ、姫。

 お願いをしてみなさい。

 損は無いから」


 公爵の言葉に、カーンは息を吐くと私を見て肩を竦めた。

 どうやら猫が了承すれば、カーンは同行を許すようだ。


 ふんぬっ、と地面を踏み締めて、カーンに向かって威嚇する背に手を置く。

 逆だった毛を押さえながら、願ってみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る