第694話 帰路にて ⑥


 テト。

 君を抱っこして歩くには、私は弱っていて無理なんだ。


(だいじょぶ?)


 あぁ少し弱っているだけだよ。

 カーンは私を守ろうとしているんだ。

 そして弱ってる私の足のかわりに抱えて運んでくれようとしている。


(いたい?)


 もう痛くないよ。

 テト、私と一緒に行く?


(ともだちは、ずっといっしょなんだよ)


 そうだね。

 なら、カーンと仲良くしてほしいんだ。

 だめそうなら、君と同じ猫の群れに合流できるように、なんとかしようと思う。


(やだ)


 私といっしょなら、カーンと仲良くする事になる。

 無理なら、君が元気に暮らせるようにしたいんだ。

 私の言っている事、わかる?


 テトは牙を出したまま器用に私を振り見た。


(こいつ、ともだち?)


 思わず笑う。

 友達、うん、友達かな。

 仲良くしたいと思っているよ。

 君とも友達になりたいな。

 彼ともだ。

 出会った全ての人と、手を取り合って生きていきたい。

 悲しい事も、辛いことも、もう十分だ。

 理解し合えるなら、友達になれるなら、皆と仲良く生きていきたい。

 君ともね。


(そいつ、ウソつかない?)


 問いは、私の胸を突いた。

 悲しみ、哀れみ、魂の問い。


 嘘つきは誰?

 嘘つきは、私。

 馬鹿な私。

 駄目な私。

 怖がりな、私。

 そんな心の思いを拭う。


 見守る男を見る。

 私とテトの会話は伝わっているのだろうか?

 その表情には、何も浮かんでいない。

 ならば、隠し事は心の奥底へとしまう。


 テト、彼は痛い言葉を吐くだろう。

 けれど、嘘はつかない。

 私の知るカーンはね。

 己が為に嘘をつかないよ。

 彼は強いからね。

 己の身を守ろうと、嘘はつかない。

 優しい嘘も言わない。

 甘い嘘もね。


 駄目かな?


 ..私とは違う。

 だから私は、そんな彼を信じている。


 あぁ、私は、信じているんだ。


 猫の目が、硝子のように煌めいた。

 それから小さく鳴くと、私の足に尻尾をトンと打ち付ける。

 分かったよと言う意味なのか、それからカーンが私を抱えても怒らなかった。

 帰路につくと、自由気ままに道草をくいながら後をついてくる。

 時々、にゃぁにゃぁと鳴くが、意味は伝わってこなかった。

 因みに、あの墓守達は、村でもらった穀物袋に入れて兵士が担いで運んでいる。

 公爵が居城に戻る際に、土産にしたいらしい。

 理由は、まぁ楽しい理由ではないだろう。


 ***


 公爵は、帰り際に墓に立ち寄った。

 悲壮な面持ちで入口に立ち、ひとりで詣でた。

 そして無事に戻る。

 ほほえみも戻り、彼は機嫌よく礼を述べた。

 特に覚えておくべき出来事は無い。

 考えてみれば当たり前の事だ。

 彼は姫の夫で、彼女の愛する人だ。

 このオンタリオは、彼の幸せを願う妻が眠る場所なのだ。

 如何な怪異が待ち受けるというのか。


「お時間をとらせましたね。さぁ、挨拶もすみましたし、心置き無く楽しみましょうか。」

「楽しみ、か」

「えぇ、多くの人を待たせていますからね。

「あぁお楽しみだな」


 公爵の言葉に、テトが鳴いた。

 帰路は終始、公爵と猫が会話をしている風だった。

 始めは苛ついていたカーンも、湿地に到着する頃には、風音と同じくらいに受け流す事を覚えていた。

 テトのお喋りは本当に鳴き声だけで、意味がなかったのもある。

 公爵も返事を期待してと言うより、言葉を思い出そうとしているようだった。

 一人語り、時々猫が気まぐれに鳴く。

 内容は、聞き流して良いような話だ。

 目についた鳥、鉱山がどのような場所なのか、季節ごとの行事。

 喋る本人は、まったく別の事を考えていそうな語り口だが、多岐にわたり面白いものだった。

 長く生き様々な知識を蓄えた長命種貴族の話だ。

 教えを乞うても知り得ない内容だろう。


 ただ、帰り道、あの川べりの奇妙な場所が目に入ると、公爵も口を閉じた。

 何かを問われる前に、彼は片手の指を上げ、周りに沈黙を敷いた。


「ある程度の推論は、城塞に入ってから述べたい。

 えぇ、我が領地にて、このように穢らわしいをするとは、からね」

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