第251話 神ではない ②

 数台の弩砲は、ギリギリまで引き付けて放たれた。

 鈍い金属音と振動。

 遅れて届く破砕の風圧。

 数本の金属槍は、蠎の尾を地に縫い付けた。

 そしてサーレルの言葉通り、境界壁の内側は、息もつけないような炎の海に。

 一瞬の炎を認知した時には、私達は地面に転がっていた。

 馬から振り落とされたのだ。

 如何な軍馬も、さすがに異形の咆哮に耐えられなかったようだ。

 サーレルは馬をおさえようと手綱を取りに行き、私は木の影に逃げ込んだ。

 体が痛い。が、どこも折れなかった。

 痛みを堪えて、蠎を見る。

 尾は未だに地に縫い付けられていた。

 体表の他の部分と違って、そこは比較的鱗が柔らかだったようだ。

 兵士はどうなった?

 炎が小さな渦をつくり天を焦がしている。

 見えない。

 その炎の渦によって、激しい空気の流れができていた。

 冗談のような、悪夢がそこにある。

 体を捩らせ、蠎が暴れる。

 今のうちに、実体化の原因をなんとかせねば。


(それはいい!

 原因を殺せば、こいつは自由だ!)


「煩い、戻すだけだ。盗人から、卵を取り返すんだ」


(戻したって無駄さ。

 これはもう、眠らない。

 古の約定は断たれた。)


さかしらに何も知らないくせに、口を出すな」


(わかるよ。

 ワタシは知識。

 ワタシは集める。

 ねぇ聞いてごらんよ。

 答えてあげる)


「黙れ」


が言うよ、ほら皆、黙って黙って。

 オリヴィア、聞いてよ。

 本当は自分でもわかっているんでしょう?

 可哀想な供物の女。

 神に自分を捧げて、皆の許しを願う君。

 君と同じ生贄を助けたいんだろ?

 ひとりぼっちの女の子。

 君と同じだね、オリヴィア。

 いつもいつも、君は誰かの幸せを願う。

 自分以外の、誰かの幸せだ。

 なのに君はいつもいつも、ひとりぼっちだ。

 だから、僕達だけは君の味方だよ。

 君に教えてあげる。

 あれの名は、ナー「黙れ!」)


「あれはただの獣だ。

 人を害する獣に過ぎない!

 欲をかいた人間が呼び込んだ、ただの獣だ!

 聞いているか亡霊め!」


 己に言い聞かせ、言い切るんだ。

 弱い自分を、言い負かせ!

 喋り続けろ、口喧嘩と同じだ。

 これに負けてはならない。


「地にあるならば、あれは神でも魔でもない。

 世の理にあるならば、あれはただの獣だ。

 何を恐れるものか!

 槍が通るならいずれ死ぬ!

 獣ならば、狩り殺す事ができるのだ!」


 震える足を叱咤して、力をこめて立ち上がる。


「人が約束を破ると、神も約束を破ることになる。

 人が約束を破ると、神も実体を得えて魔になる。

 ならばその約束が終わるなら、エリも自由だ。

 化け物が自由なら、エリも自由だ。違うか?」

(だが、支払わねばならぬ、わかっていよう?

 誰かが神から奪った分だけ、返さねばならない)


「罪人が支払えばいい。

 そして魔を退治する英雄ではない。

 は、神の手にある者を取り返すだけだ。

 そうだ。

 エリは罪人ではない。

 が庇護した神の子だ!」

(確かに、我らが手にした子供であるな。

 そして胸糞悪い事に盗まれた。

 是非にも取り立てねばならぬな。ふふっ)


 笑い声。

 たくさんの笑い声が聞こえる。


(遊戯をちゃんと覚えたね。

 グリモアが用意した答えに君はたどり着いた。

 答えだけは最初からあるからね。君は、そこまでの道を描かねばならない。

 さぁ、僕達を存分に使えばいいよ。

 だって、君は理由を作り出した。

 僕達は協力しなければならない。

 だって、が子供を庇護したのだからね)



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