第723話 人の顔 ⑬

 彼はくぐもった声で続けた。


「井戸とアレを見て、私は理解しました」

「何をだ」


 問うカーンに、ニルダヌスは虚ろな視線を返す。


「お亡くなりになった神官様は、アッシュガルトで聞きつけたを調べていたようです。」

「どんな噂だ?」

「異端の集まりがあると」

「だから神官が調べていたと?」

「多分、なのです。

 狂っているか、狂っていないか。

 その違いだけ。

 魔導の者が又、罪人を見つけたのです」


「戯言は止めろ、事実を述べよ」


 カーザの制止に、ニルダヌスは己が手を見つめると続けた。


「魔導師は言いました。

 だと。

 罪人を探し出す為のモノだと。

 だから、死者を蘇らせる代物ではない。

 彼らは誠実でした。

 これは悲憤と憎悪から育ったモノであり、を探す為の実である。

 為に用いられる。が、只人がこれを戻すは、使素早く以外にない、と。

 それを理解した上で、それでもこのを扱うというのなら、己も呪われる末路を覚悟しなければならない。

 そして取り扱いを間違えれば、報いとして多くを奪い去るだろうと。

 公爵閣下、似ていますでしょう?」


「オールドカレムとフォードウィンの昔話、水妖に喰われた双子ですね」


 公爵の言葉に、ニルダヌスは頷いた。


「このマレイラには昔、水妖という化け物がいました。」

「昔話ですよ」

「真実はわかりませんし、公爵様がおっしゃる通り、昔話、何かを指し示す比喩かもしれない。

 では、その昔話を語る時、変わらぬ部分はどこでしょうか。

 余計な部分を取り除くとこうなります。

 ラドヴェラムは逃げた。

 フォードウィンは喰われた。

 オールドカレムは埋めた。

 わかりやすく言えば。

 水妖を見た者は恐れ逃げた。

 女は水妖に喰われた。

 男は水妖を女ごと埋めた。

 物語にする為の部分を除くと、このようになります。

 では、この水妖とは何か。

 です。

 滅ぼせぬ者とは、何を指すのでしょうか。

 神官様は、これを異教の神と考えていました。

 東の昔話を元にした、土地の悪習を疑っていたようです。」


「何処で仕入れた話だ?」


 カーンの問いにニルダヌスはゆっくりと瞬きを繰り返した。

 その様は少し異様で、私にはやはり何かの支配の残滓に見える。

 ザラザラとした憎しみの気配だ。


「お亡くなりになった神官様が、土地で蔓延る悪習をお調べになった時に残された手記からです。遺品から手にした記憶があります。」


「それは何処にある?」


「わかりません。

 重要な事だとわかっているのですが、思い出せない。」


 モルダレオはカーンを見て頷いた。

 彼も又、良くない痕跡がわかったようだ。


「まて、一つ聞きたい。

 オールドカレムとは何だ?

 それにフォードウィンとは」


 カーザの問いには、公爵が答えた。


「東マレイラの昔話ですよ。

 オールドカレムとは、過去のコルテス家宗主、オールドカレム・バンダビア・コルテス。

 フォードウィンは、彼の妻の一族です。

 そしてラドヴェラムとは、ラドヴェラム・メッシモ・シェルバン。

 東の土地を開拓した祖先ですね。

 フォードウィンでありオールドカレムの妻であったザレナ・エイリア・ボフダンは、現在のアレクサンドル・エイリア・ボフダン公とは縁戚ではありますが直系ではありません。

 因みに、フォードウィンとは西の古い言葉で、住んでいた場所を意味します。

 水辺の一族フォードウィンのザレナというのが、正式な伝承名です。

 現在のボフダン人と区別するために、フォードウィンと言っているのですよ。」

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