第722話 人の顔 ⑫

「未だ、あるのか?

 その死者を蘇らせる力が」


 腐土にての事もある。

 皆が皆、ニルダヌスの発言を嘘と断定できないでいた。


「正確には、死者を蘇らせるモノではありません。

 死者の腐肉に寄生したソレが、死体を動かすのです。

 新鮮な死体ならば、元の意識も残っています。

 ですがそれも時が経てば劣化し失われ、狂います。

 道理です。

 死は死だ。

 死者は死者として旅立ち、戻っては来ない。

 魔導師も言っていました。

 一時の別れを告げる為ならば、呪われはしない。

 だから、最後の別れの為だけに使い、ながらえさせよう等と望んではならないと。」


 それは忠告だったのか?

 罠ではなかったのか?


「私は妻に使い、妻は私の愚行を諌めました。

 妻は早く自分を再び死に向かわせ、魔導師の齎したモノを消し去れと言いました。

 妻が正しかった。

 私はそれでも、妻が狂い腐るまで放置した。」


 同じ、だ。

 死して狂い、変質し蠢く。


「アッシュガルトで見た事。

 同じではないが、似ています。

 多分、魔導師が関わっている。

 私の知る者達では無いでしょうが、同じような技を持つ者がいる。

 穢れた者がいるのです。

 彼らは人を材料に、研究をするのを好んでいました。」


「魔導師から得たモノは何処にある?

 回収したモノがあるのだろう」


 握る手に力が入る。

 カーンは問いをそのままに、握り返した。

 私の恐れが伝わったようだ。


「魔導師は忠告をしました。

 生死を問わず女に必ず使う事。

 つまり、男に使ってはならない。

 ソレは生きた女の中にあれば、狂わない。

 男に使えば、男が狂う。

 死んだ女に使ったモノは、肉が腐り落ちれば実となり戻る。

 男に使えば、子種を通して女に植えられ増えていく。」


 聞きたくなかった。

 私もビミンと同じく相手の手に縋るしかなかった。


「女の腹の中で育ち、腹の中の子供を糧にしてソレは増える。

 私は、見極めてから娘を殺そうと考えました。

 一緒に暮らしていればわかる話だと。

 ですが、この通り、私の壊れた頭はうまく働かない。

 時が経ち、孫も戻ってきた頃。

 微かに統制を取り戻した私は、愚かな希望を抱きました。

 娘の腹からは、死者の子供は産まれなかった。

 孫と一緒に、このまま生きていけるのではないか。

 誤魔化し続けたのです。

 ですが、更に意識が戻ってくれば、死んだ妻の言葉、声も思い出せるようになりました。

 私が間違ったこと。

 私によって、たくさんの人が苦しみを得た事。

 そして娘が既に死んでいること。

 レンティーヌの魂は、とうに死んでいるのです。

 妻も義理の息子も、私の愚かしさによって地獄に堕ちた。

 私の弱さによって、娘も孫も苦しみ抜いた。」


 ニルダヌスは、小さく微笑んだ。


「アッシュガルトの井戸から、狂った男達と奇妙なモノがあふれました。

 ウォルトは巫女頭様を抱えて逃げました。

 商会へ走って無事ですよ、巫女様。

 ですが、私とビミンはあの時、奇妙なモノに阻まれて一瞬出遅れました。」


 そこで言葉が詰まり、彼は両手で顔を擦った。


「孫が恐怖で固まる中、レンテが立ちふさがりました。

 私達を逃がす為です。

 縄のような、蚯蚓のようなモノがレンテを掴んだ。

 その時、レンテの腹が裂け、内側から裂けて、が溢れた。

 私はビミンを掴み逃げました。

 振り返った時には、蔦が、レンテの蔦が蚯蚓を抑え込んでいました。」


 両手は顔を覆い、呻くように彼は言った。


「娘の残り香は、笑顔でした。

 きっとベインのところへ行けるからでしょう。

 私の意気地なさで苦しめた。

 妻も娘も、無惨な最後にしたのは私の弱さでした。」

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