第262話 反魂

 侯爵は私達の言葉を待たず、話を変えた。


「これを読み進めると、夢物語のような事が綴られていた。

 だからこそ、これが真実であるとは誰も思わない。

 祭祀を血縁が殺す事。

 約定の印を盗む事。

 封印地に支配者の子供の血を、血縁によって土地に染み入らせる事。

 この条件がそろったとして祟り神があらわれると、誰が思う?

 故に、我は愚かにも、約定の印である毒の玉を欲しがった。」


(なるほど、大物を封印するのに条件を追加したんだね。

 それにしても、この誓約をつくった者は何を考えていたんだろうね。

 あぁそうか、破られる前提だったのかな?

 だったら、そうとう根性が腐っていて面白いね)


「家族で殺し合い、神に仕える者を殺し血を流す。

 人の歴史ではありふれた事ですね。」

「旦那、違います。

 だからこそ約束としたのでしょう。

 もう、そんな事をしてはいけないと」

「まぁ人が人であるかぎり、無理な話ですよ。

 それで、化け物を弱らせる方法と、儀式の場所、そうですね、約定の印である玉を使うとはどういう事かを、要点だけお願いします。

 時間もあまりないようですしね」


 外殻壁にたどり着いたのか、怒号と地鳴りがより一層近づいていた。


 ***


「アレを人は祟り神と考えた。

 悪霊の集まったモノだとな。

 悪霊は夏至の晩に、極光と共に現れて人を喰らう。

 人を喰らい満足すれば、再び夜に消える。

 次の夏至まで眠りにつく。

 生贄は、女子供だ。

 数にして十四から二十。

 満足するまで喰わせる。

 満たされなければ、見境なく喰らい続ける。

 この数の幅こそが、祭祀の言う弱点だ。」


 分厚い外殻壁を軋ませ轟音が響く。

 砲弾も使われているようだ。

 侯爵は物音が大きくなると、少し面白そうな顔をした。


「昔は、火薬を使うような戦いではなかった。

 贄を差し出したのは、致し方ない。

 むしろどうやってあのような化け物と交渉したのか知りたいものよ」

「石壁を溶かす溶解液も吐くようですね」

「城壁は分厚い。もう少し時間もかかろう。

 さて、生贄の喰う数に開きがある事に気がついた後は、アレの食事を密かに観察した。

 そしてな、喰い飽きて食べるのを止めたのではなく、喰えなくなって止めた事を突き止めた。

 人で言う食い合わせだ。

 不味い食い合わせを平らげて、具合を悪くして食事を止めたのだ。」


 私達の顔を見て、侯爵は唇を歪めた。


「奴隷は亜人や獣人が殆どだった。

 たまたま交じる人族の、それも借金を背負った貴族の縁者が含まれると、アレは喰って弱る。

 アレは我らを喰らうと弱るのだ。」


 侯爵は微かな笑いを消すと、息子の亡骸を眺め呟く。


「我らは亜人の三倍以上の寿命がある。

 先祖が結んだ約束というが、曾祖父だ。

 我らからすれば、最近の話しぞ。

 まぁ他の種からすれば、本当に昔話であろうな。

 つい最近の話なのだ。

 氏族の子供をかき集めて、アレに喰わせて弱らせたのだ。

 腹がいっぱいになるまでな。」

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