第686話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)後編 ⑤

 嘗て、今現在の人間と呼ばれる種族を作り出した技術は、同時に元の種を滅ぼしたとされる。

 故に、人の肉体の構成自体を改変する行為は、禁忌とされていた。

 王国が技術的に、その改変が可能だとしてもだ。

 一段階下の技術である加工までとしているのは、この為だ。

 過ぎたる力は身を滅ぼす。

 そして加工という外科技術だけで、十分に人体をろくでもない仕上がりにできるのだ。

 これ以上を望むとすれば、人は人でなくなるだろう。


サックハイム殿ボフダン人の前では言いませんでしたが」


 その改変をシェルバン人が望んだ可能性が考えられる。

 シェルバン人への攻撃か、シェルバン人を対象とした実験が失敗したか。

 人ではなく体内の共生生物を加工し、改変の代用にしたのではないか?

 このあたりが、エンリケ達の推論だ。


「シェルバン公が唆される下地はあるのです。

 彼は年齢からすると、コルテス公やボフダン公の祖父の年代なのです。

 不謹慎ですが、死に損ないの妄執というわけですね。

 いかな長命種だとしても、寿命限界はとうに過ぎているのですよ。」


「もう、いくぞ」


 シェルバン公本人が誰かに唆されての、この始末。

 等という愚かな原因が思い当たるのだ。


 人が命を弄ぶ理由なぞ、今も昔も大差ない。

 若返りか、延命だ。


「もう少し待ってください。

 まだ、聞こえない、変異者の声がするまで待ってください。

 ...

 公の望みは、もしかしたら病平癒かもしれません。

 それか戦争の為か。

 安価な兵士を作りたかったのかもしれません。」


「それかシェルバン公を殺す為かもしれん。

 おい、用意しろ」


「あと、少し。

 変異者に変体してからです。

 ...

 もちろん、この技術を齎し唆した者を探さねばなりませんが。

 ...

 誰かが、火をはなったようですね。

 燃え尽きるまで静観するのは駄目ですか?」


 サーレルの言葉に、イグナシオは徐々に明るくなっていく関を見つめた。


「助けたところで無駄でしょうに。

 また、罵られて終わりですよ。

 むしろ恨まれる。

 なら終わった後に、私達が乗り込みますよ。

 私なら慣れた仕事です」


 見る間に上がる火の手を見つめる。

 再び吹き荒れ始めた風が、その炎を煽り夜空を照らした。

 ゆっくりと、彼は立ち上がる。


「もう、いいか?」


 それに相方は、肩を竦めた。


「我らは神の下僕。

 人の善悪など些末な事。

 なすべき事をなすだけだ。

 我らが使命は何だ?」


 それに従う者どもが返す。


 不浄を滅するが使命也!


「剣を掲げよ」


 男達は剣を掲げると、大門に向かった。

 実に楽しげな姿に、それを見送る男は言った。


「まぁ、よく我慢した方ですよね。

 私としては焼け跡の検証ができれば、もう十分ですよ。

 程々で、お願いしますよ。

 ほどほど、聞いてますか?

 聞いてませんよね、はぁ」


 ***


 朝陽が登る頃、数人の住民を保護。

 関内部、砦の部分をすべてあらためる。

 そこに兵士の姿は無く、焼却した数とは合致しなかった。

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