第278話 我は悪霊なり (上)③

 血肉の隙間から、見える。

 人の血肉を泳ぎながら、それは蠢く。

 遺骸や半死半生の者をかき分けているのは、ひとつではない。

 見渡す広間のあちらこちらで、うぞうぞと蠢いている。

 よくよく目を凝らし、それらが根本を見る。

 それは祭壇と思しき場所へと続く。

 白いハリガネムシの頭、それが集まる場所を見る。

 私達は、ソレが何であるかに気がついた。

 そしてソレも、私達に気がついた。


 ソレが嗤う。


 恐れ?

 嫌悪?


 違う。

 圧倒的な怒りだ。

 根源にあるのは、無力から抵抗できない苛立ちだ。

 暴力や威圧によって抑え込まれる時に覚える怒り。

 大声で怒鳴って意見を通される。

 懇願し折れるまで相手を非難して相手を萎縮させる。

 弱い自分も嫌だし、弱い相手を押しつぶす手合いも嫌だ。

 こんな風に、己が手に入れた力で相手を蹂躙する。

 ならば、同じく怒鳴り返して意見を通す。

 弱いのだと、相手を非難し続ける。

 そうではない。

 私はわかりあいたいのだ。

 相手の意見を尊重するように、私の話も聞いてほしいのだ。


(わかりあえないとわかっていてもかい?

 君の怒りは、悲しみと衝撃だ。

 君の心が悲鳴をあげているのが聞こえるよ。

 怖いと泣いている。

 悲しいと思ってる。

 届かないと知っているからだ。)


「エリは何処?」


 三つの顔から鳴き声があがる。

 鳥の口から、耳障りの悪い鳴き声が。

 馬の口からは、ぜぇぜぇと喘鳴が漏れる。

 そうして正面の、よく知った女の顔から、悲鳴のような鳴き声が吐き出された。

 蜘蛛のように、上半身から突き出た腕が床を這う。

 下半身は、ハリガネムシのような管が、何本も蠢いていた。


「エリは何処です?」


 人のように歩けないのか、それは四つに這い近づいてくる。


(寄生虫っていうより、蚯蚓みたいだね。

 偶像を模し混じったようだ。

 儀式場を清めずに使ったのかな。

 特に冒涜的な魂の混合を行ったようだし、元の素体が変質していたからね。

 虫か爬虫類か、まぁこの汚い場所で理を曲げるんだから、相応の結果かな。)


 私は弓を取り出すと、矢をつがえた。


「子供は無事か?」


 問いかけに、それは首を傾げた。


「子供は何処にいる!

 お前が呼び寄せた子供だ!」


 鳥が奇声をあげた。

 人の頭は答えない。

 代わりに無数の人面が答えた。


『人殺し、自分の子供を殺したよ!

 人殺し、父親は知らずに殺したよ!

 人殺し、罪の重さに耐えられず、今頃、親子は輪の中だ!

 人殺し、皆、やっと気がついた!

 知っているよ、子供は食べた、女も食べた!

 この女は、食べたんだ!

 おかげで願いが叶ったよ。

 願った通りのモノになったよ!

 誰よりも長生きだ!

 誰よりも姿変わらず!

 誰もこれを人だとは思わない!

 女も自分が何かわからない!

 人殺し!人殺し!』


 私達は、それぞれ武器を構えた。

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