第279話 我は悪霊なり (中)

 弓を構えて放つ。

 思うより、ソレは動きが早い。

 私の矢は、普通の物よりも矢羽が小さく、先端は鋼鉄を使用している。

 それを三本ほど連射し、顔を射た。

 だが、太い触手が巻取り、刺さらずに落ちた。

 蛇ではない。

 距離が縮まると、醜さと酷い臭いに辟易する。

 下肢の蚯蚓、白い腸詰め肉のような触手が、死者も生きている者も潰しながら浮かび上がる。

 ひとつ二つと数えると、触手は五本もあった。

 それの先端は柘榴のように弾けて口を開いている。

 中は繊毛と牙が見えた。

 どうやら、それがアレの口でもあるようだ。

 それが持ち上がると、私達めがけて振り下ろされる。

 なりふり構わず、転がって避けた。

 血に肉、生きているかもしれない人の体を踏み、足場を探す。

 ただ、その触手を操っているのは、中心の人の部分のようだ。

 それが意識する方向から逃れると、触手も追っては来ない。

 侯爵とサーレルも、死角に入ろうと動き回っていた。


 エリがいない。

 それとも、この部屋のどこかにいるのか?

 遅すぎたのか。


 後ろをとろうと動きながら、今一度、矢をつがえる。

 今度は人面ではない方へと狙いをつけた。

 蜘蛛の歩脚のかわりに、歪な人の手が体を移動させるので、ソレの頭部はギクシャクと上下に動いている。

 それでも天候に左右されない室内だ。

 三連射を再び試みる。

 鳥の口と目に命中。

 黄緑色の体液を飛ばしながら、鳥の頭が萎む。

 それに女の口が絶叫にこわばる。

 暫く身悶え動きを止めていたが、ソレは手近の肉を触手で食べ始めた。

 ゴリゴリと音をたてて飲み込む。

 生きていたであろう者も見境なく、ソレは飲み込み咀嚼した。

 すると、鳥の面だった場所が盛り上がり、やがて顔になった。

 今度の顔は、下半分が人、上半分が犬のようなモノになった。

 そうして警戒するかのように、触手を蠢かせながら、影に下がる。


(これは酷い)

「一度、お二人はお戻りください」

「そうしたら君はどうなる?返る鍵もなければ、子供もいない」

「アレが入り込んだ通路があるはずです」

「ここは城の地下か?」


 侯爵は、影に下がったモノを見つめた。


「ここは多分、フリュデンの地下水路と繋がっているでしょう。

 彼女を見失ったのは、その地下水路でしたから。」

「やはり、あれはアレンカなのか?」


 私にはわからない。


「神の血肉で何を願ったのか、命を積み上げて答えるのが、神のはずがなかろうに」

「どうします?

 鐘の音は聞こえませんが、多分、上はそろそろ崩落が始まるのでは?

 何にしろ決めないと不味いですよ」

「これを始末せねばなるまい。いよいよなれば、上は息子が、イエレミアスとライナルトがおる」

「だ、そうだよ。さて、どうしますかね」


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