第280話 我は悪霊なり (中)②

 問いかけられ、私は問う。


 エリは?


 問うと、心の片隅でチラと思う。

 私は孤独だ。

 だが、今はどうだ?

 我が身に問うと、万の悪霊が答えてくれる。

 狂人の一人芝居だが、私の孤独を和らげた。

 いずれ、手痛いしっぺ返しを受けるだろうが。

 だが己を憐れむ前に、私は問わねばならない。

 まだ、小さな子供なのだ。

 エリを探さねばならない。

 この世の醜さをこれ以上教えてはならない。


(ならば、僕に聞くように、彼らに語りかけてごらん。

 グリモアの主が言葉に逆らう者はいない。

 誰に聞くかって?

 いっぱいいるじゃないか。

 あぁ、そうか。

 怖いんだね。

 大丈夫だよ。

 僕と同じに聞いてごらんよ。

 それとも、何もかも僕達がとりしきろうかい?

 そうしたら何もかも消えてしまうけど、いいのかい?)


「..聞いてみます」

「誰に、あの化け物にかい?人の言葉はもう、喋れないようだが」

「いいえ」


 見回すが、生者も死者も区別が難しい。

 どれも見えるのだ。


(まぁまだ初心者だものね。

 しかたないなぁ、手始めに僕達が例をだそうか。

 特別にお代は、時々、僕達とお喋りしようって事でね。)


『さぁ苦しみ多き最後を迎えた者どもよ。

 罪人が呪詛祈願をした方陣は何処にあるかな?

 悪い事をした場所だよ、教えてくれる?』


 問いかけに、ぐいっと視界が掴まれる。

 頭蓋の柱を中心に、血と肉の隙間、微かな痕跡が見えた。


『本来の祭壇は何処にある?

 神様は何処に遊びに来たのかな?』


 再び、怨嗟に沈む大量の答える。

 影に身を潜める化け物アレンカとは反対側の場所が示された。


『さぁお出ましの場所は何処かな?』


 ふと、視界が切り替わる。

 天井から見下ろし見回す。

 血肉の部屋の片隅に、一点、円を描く。


 これは?


 すべての汚濁は、小さな円には及んでいない。


(呪術の基本原則だ。

 そしてこの小さな円こそが、本来の神の加護が働いた場所である。

 この小さな円の外は、因果応報、最初に敷かれた理が勝った。)


 それは祭壇のすぐ側にあった。

 その痕跡に近づくと、触手も蠢き追いかけてくる。


「そちらに何があるのです?」


 侯爵とサーレルも触手を威嚇しながらついて来た。


「エリがいた場所です」


 遺骸が折り重なっている。

 その小さなを隠すように。

 あの井戸と同じだ。

 私は両手を小さな神の痕跡に翳す。

 暖かな力を感じると、体中の皮膚が痛んだ。


「管が喰う度に増えています。

 このままだと、我々も逃げ場が塞がれそうですね」

「まだ、生きていそうな者もいるのだが」

「いざとなったら、私がお二人とも担いで撤退しますよ。多少、擬態を解いて動き回る事になりますが」


 会話の合間にも触手は私達を囲み、口を開いては威嚇を続ける。


(繋がりを切っては駄目だよ。まずは、示唆を求めるんだ。

 同じ手順だよ。

 遠回りだけれど、慎重に真摯にね)

「女の罪を見せてほしい。

 正しく罰を与える為に。」


 触手の口が大きく開き、私達の頭上に広がる。

 サーレルが私を掴もうと手を伸ばす。

 侯爵は斬り伏せようと、剣を素早く振る。

 それまで潜んでいた他の触手も顔を出し、私達を飲もうと広がり。


 止まった。


 血肉の海の全てが静止した。

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