第277話 我は悪霊なり (上)②

(過去のトゥーラアモンは、小村落を従える都市であった。

 その名残でトゥーラアモンもフリュデンも今の人口の割に、街そのものは規模が大きい。

 人口が減少したのは、絶滅領域が出現し気候変動後の事だ。

 つまり最近だね。

 本来なら、万を越える人が暮らしてたはずだ。

 今は、その六割にも達していない。

 そして侯爵の本拠地である、このトゥーラアモンは、人口の割に兵士の数が多い。

 今回の退避行動にも役立っているね。

 さて、零落し過疎となっていたフリュデンだが、今回は人々が集められていた。

 グーレゴーアが集めた働き手、まぁ反乱の為の人員?かもしれない人達。それに侯爵と利益が対立する人達?かな。

 まぁ本当はどうだか知れないけれど、その人達とフリュデンの住人が、すべて異教の肥やしに変わろうとしている。

 彼らの真実など、それに比べたら些末なことだ。)


 うるさいな。


 と、いうのが最初に浮かんだ。

 呪とは、静かに流れるものだ。

 ところがどうだ?

 絶叫と怨嗟が薄暗い空間に溢れていた。

 痛い、苦しい、怖い。

 静かな祈りは無い。

 本来あるべき、諦めと慰めもない。

 祈り、奉る事をしない者が、呪詛祈願をすれば、当然だ。

 対価といい血を流すが、意味は失われている。

 生贄は、神への供物ではなくなったのだ。

 当然の事だ。

 意味もなく命を奪う事を繰り返している。

 己が欲求と主張だけで、無意味に命を消耗させている。

 その腐れた行いに、呪具である神の血肉は、答えたのだ。

 答え、無くなった。


 私達は、あの骨の積み上げられた広間にいる。

 同じ作りの広間だ。

 そして骨の代わりに、人が同じように積み上げられていた。

 人が解体され、棚に納められ、そして首が塔のように積み上げられている。

 集められた人は、朽ちていない。


(それはそうさ、ここは儀式の間だからね。

 人種を問わず、扱いは公平さ。

 それに調理場の食材は、塩気を効かせているから腐らないのさ)


 嫌な冗談に吐き気がした。

 血と汚物、そして朽ちてはいないが、腐敗臭が充満している。

 薄暗い部屋には、点々と蝋燭が灯され、床は赤黒い血でいっぱいだ。

 血の川の流れだ。

 私達は立ち尽くし、臭いに鼻を覆う。


 エリは?


 まだ、生きている者もいるようだ。

 サーレルが私の肩を掴んだ。

 私は彼に小箱を預けた。


「戻ってください」

「馬鹿だね、これを見て帰れるかい?侯爵殿」


 侯爵は、顔色を更に白くしていた。

 だが、そこに恐怖は無い。

 怒りだ。

 日頃、表情の乏しい顔に憤怒が浮かぶ。


「何者が」


 問いには答えない。

 答えずともいるからだ。

 頭蓋の柱の向こうに、白い姿が見える。

 血肉の隙間から、白い姿が揺れている。

 ズルズルと蠢くのその白いモノは、一抱えほどの太さのハリガネムシに見えた。


(当たらずとも遠からず、だね。

 寄生して自死に追い込む行動をとらせるのだから。

 でも、彼女は彼女で選んだ結果さ。

 宮を飾るには十分に腐れているね。

 因果な話だよね。

 何だか、君と一緒にいると、僕達も調子が狂うなぁ。

 あぁもっと楽しくて美しい景色を君に見せたいなぁ、なんてさ。

 僕達だって、こんな腐れたモノを見て笑ってばかりはいないんだよ。)

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