第8話 雪
牡丹のような雪が落ちてくる。
これは積もるだろう。
外套下の毛皮の表面が凍っていた。
私は男を振り仰いだ。
「なんだ坊主?」
熊男の中では、私は鷹の爺の孫と同じに見えるらしい。
「お客人、酒と火石は十分か?」
田舎者の無礼な口調に、頭目は頷いた。
「馬は雪に耐えられそうか?」
「北方の品種に北の装備をつけた。足元も雪原用だ、心配いらねぇ」
「このまま進んで良いのか?」
私の問いに、男は空を仰ぎ見た。
「お前、字は読めるか?」
読めるが、用心して読めないと無学を装った。
領主館の蔵書は粗方読み終えた等と言えば、お前は何者かと疑われる。
もちろん、何者でもない。
うち捨てられた最果ての村の女だ。
賑やかな場所から来た男には、想像もつかない侘びしい小さな世界の住人だ。
もちろん、血生臭い場所から来た奴らより、私の世界は充実している、たぶんね。
男は、懐を探り歩みをゆるめた。
吹き殴る風を遮るため、従者が外套を片手広げて覆う。
それを合図に騎馬は止まり、小休止となった。
男が持ち出したのは、小さな紙片と奇妙な金属の板だった。
紙片にはびっしりと文字が書かれており、手紙のようだ。
が、読めないといった手前、紙片から金属板へと視線を移した。
「坊主、これは何に見える?」
素直に見たまま告げた。
「迷路図だ」
うむ、と頷く男は、雪を遮る従者に見せる。
「何に見える?」
「何も見えませんね」
それに男は、再度頷いた。
こいつらは、何を言っているんだ?
私は、その意図がわからず、頭目の顔を見返した。
相変わらず頭巾の影で、顔半分は見えない。
下から見上げているのに、あるのは真っ暗な闇だ。
「俺にも、これはただの板っ切れにしか見えない。
だから、本来なら使えねぇんだが。
まぁ今回は道案内が子供だ、使えるもんはつかわねぇとな」
子供ではないのだが、口は閉じていた。
「これは神殿の偉い奴がよこしたもんだ」
私は、不思議な迷路図を刻んでいる金属を板を見た。
とても薄くて貴人の手鏡のようだ。
「見えるやつにはご利益があるんだとさ」
そういってニヤニヤと男は笑った。
「こいつをお前に渡す。
こいつは貴重なもんでな、俺の首より重い。
意味はわかるな?」
「いらない」
「祭司長がな、子供に渡せって煩くてよ。それもありがたいお告げらしいがな」
そんな事を云いながら、男は私の手にぐいぐいと金属板を押し付けた。
ちょうど手のひらに乗るほどで、羽ほども重さを感じないが、頑丈で硬かった。
「無事に、この森から帰るまで、お前がもっていろ。無くすんじゃねぇぞ」
嫌だ。
と、顔が言っていたらしい。
男はニヤッと笑った。
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