第9話 人工遺物

 男は笑うと言った。


「よく見てろ」


 男は私の手を、金属板ごと掴んで、前に翳した。

 すると、金属板の絵柄が、ゾワゾワと蠢いた。

 金属の表面が溶けたように蠢き、やがて表面が固まった。


「これで俺にも見える。

 しかし、なんで奴は、こんなものを寄越したんだろうなぁ」


 それに従者が何事か返していた、私はそれどころではなかった。

 恐る恐る手元に板を引き寄せる。

 表面の紋様が変化していた。


 人面だ。


 男とも女ともつかない顔が、浮かんでは消える。

 そして小さな手が苦しげに持ち上がり、雪景色を指さした。


「智者の鏡だ。すげぇだろ?」


 智者の鏡というのが、これの事らしい。

 化け物地味た代物に、私は唸った。


 ***


 怪しげな金属板を握らされて、私は唸った。

 薄気味悪いことに、板の中から、何者かの呟きとうめき声、微かな震えが伝わる。

 頭目が言うには、これが行き先を告げるらしい。

 告げるというが、恨みがましい苦悶の表情を浮かべた顔や指が、方向を示すのだ。

 悪趣味である。

 物の不思議を問う前に、子供なら泣く。

 子供未満の身としては、泣いて嫌がればいいのか。

 それとも驚き興味を示すのが普通なのか?

 私には、とても無理だった。

 それにこんな見るからに物騒な男の懐から取り出された代物に、気持ちが下がって静になる。

 感動するより、気持ち悪かった。

 金属板に触れている手袋ごと処分したい。

 けれど、この男の首より価値があるのだ。

 無くしたりしたら、生きたまま皮を剥がされる。だけならいいが、村に迷惑がかかる。

 諦めて鏡を握りなおす。

 そうして人馬は、方向を西南に変えた。

 方位磁針だと思えばいいのか、高価で悪趣味な骨董品?

 囁き、表面に時々浮かぶ顔。

 気にしないでいるには自己主張が激しい。

 それに余所者ならいざしらず、狩人に方位磁針は必要がない。

 そして森では方位磁針はやくたたずである。

 現に、鷹の爺らは、森では迷わない。

 経験と技術に、犬や鳥を従えている事。

 今回は、その犬や鳥は置いていかれたようだが。

 私は経験が劣るが、そんな彼らよりも感覚が鋭い。

 種族として、方位磁針よりも、方角を見失う事は無い。


 本降りになる雪に、今夜は何処で休むかと考える。

 視界が悪すぎて、気が抜けない。

 障害物を教え、避ける方向を指図する。

 サラサラと流れる雪が、あっという間に足跡を消していく。


 爺達は、何処にいるのだろうか?

 雪は凌げているのだろうか?

 板はずっと森の深部を指している。


 森の奥には何がある?


 それを考えると息が苦しくなる。

 村人も領主館の者も、ここに生きる人々は、知っている。

 そして考えては打ち消し、怯えたのだ。


「どうした、坊主。急に立ち止まって」


 私は真っ白な空を見つめて、男達に休憩場所に向かうことを知らせた。

 何か口にしなければ、そろそろ凍え始めるだろう。

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