第208話 明日は来ない

 腐った男は、私達が来た道を引き返した。

 そしてあの分岐路にまで戻ると、風の吹き付ける通路へと進んだ。

 ふらり、ふらりとよろめきながら、時折、調子外れの歌を歌う。

 そして彼は話始めた。

 闇の中、不安を誘う灯火とうかを揺らし、青い男は語る。

 シュランゲ村での出来事を。

 私は小刀を戻すと、エリと一緒に男の話を聞いた。


 ***


 シュランゲは王国が支配する前からあった古い村だ。

 村には、特殊な金属を加工する技術が伝わっていた。

 先祖代々の伝統技術。

 鍛冶かじの村であった。

 その作品の多くは、昔から特別な物として世に出回った。

 カーンが言う人を殺す特別な武器だ。

 王国の支配が始まると、村は外との関わりを制限した。

 扱う物が物だけに、慎重に時勢を読み動いたとも言える。

 昔話の青馬の頃だ。

 だが時は流れ、断絶して生きていくには限界がある。

 そこで表向きは普通の鍛冶の村として、時々、高額の武器を外に流す事にした。

 外との接触を忌避きひしたのは、王国の支配を恐れた訳ではない。

 扱う金属が特殊過ぎたからだ。

 扱いを間違えれば、関わった者すべてが死ぬような代物だ。


「トゥーラアモンに出回った毒の刃物が、それか?」


『ちがう、ちーがぁうのさぁ

 アレは、ウソつきのマガイモノー

 じぶんがーいちばん、賢いとぉ

 おもっている、ウソつきのーせいさぁ

 にせものはぁにせものぉなんだよぉ。

 もう、にどとぉ同じものはつくれないのさぁ

 だから、あれは嫌がらせだぁ』


 もちろん、その製法は秘伝であり、村共有の財産でもあった。

 そんなシュランゲをまとめる村長は、代々、がなるものだった。

 代々、呪術師の家系は、死者や精霊と通じると言われていた。

 厳しい鍛錬たんれんの末、医術や薬草の知識も備えた、村のかなめの者である。

 そして製法の秘術は、この呪術師がいなければ扱えない物であった。

 取り扱う金属は、呪術師の作り出す薬を飲まなければ、扱う者も死ぬ。

 そして武器としても不完全な、只の毒のかたまりになってしまう。


「不完全な毒の塊。

 でもどうやってトゥーラアモンに毒を?」

砥石といしにしたのさ」


 またも普通の声音が腐れた姿から漏れた。

 揺れ動く腐乱死体から、普通の男の声がした。


「元々普通の金属に混ぜて加工していた。

 だが、知識も何もが手に入れたのは只の毒の塊だ。

 それから漏れ出す毒液をどうやっても金属に混ぜる事ができなかった。

 技術を持って逃げようとした奴らは、皆、婆様に殺されたしな。

 持ち出そうとした金属類ごとだ。

 持ち出せたのは、毒の塊を入れていた石の器だけだったのさ。

 その石の器を砕いて砥石にした。

 石の器に毒が染みていたんだ」

「その砥石で研ぐと金属は毒になるのか?」

「毒を塗るような感じだ。

 本物とは違って、時がたてば消える。

 病に倒れる者が少ないのも、それの所為だ。

 だが、見えぬ毒だ。

 使った者も判別できない。

 本当なら、はそこで負けを認めればよかったのだ。

 元々、侯爵はシュランゲの事では表立って処分できない。

 後ろ暗い秘密はアイヒベルガーの掟でもあるのだ。

 けれど、彼奴も俺も、皆、馬鹿だった。

 に騙されていたのさ」

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