第206話 酒樽

 サーレルに聞くしかない。

 多分、彼のほうがアイヒベルガーの内情を把握はあくしているだろう。


「エリ、サーレルと合流しよう」


 それに振り返って、エリは頷いた。

 ただし、私を更に急き立てる先は、館の奥だ。


「そっちは多分、客間じゃないよ」


 するとエリが指を動かした。

 今来た方向から奥へ。


「まさか、奥にいる?」


 頷くエリ。


「どうして分かるの?」


 いつもの鼻をさす動作を見て、私は肩を落とした。


「ほんとうなの?」


 その疑問に、エリは口をゆっくりと動かした。


 ハヤク

 アオイ オトコ オシエル

 ミンナ タスケル


 動かない私に焦れたのか、エリは廊下を駆け出した。

 慌てて追いかけながら、私は思い出そうとした。


 アオイ オトコ?


 ***


 館は広かった。

 主人や客の過ごす場所を本館とすれば、その後ろに使用人の働く別棟がある。

 私達は、その本館と別棟を抜けて、更に奥の通路へと踏み込んでいた。

 どうやら、こちらは離れ屋敷のようで、隠居した年寄りが集うような作りに見えた。

 様々な樹木が植えられた庭も見える。

 もし、赤い霧が吹き下ろし、夜空も陰るほどでなければ、とても素晴らしい屋敷である。

 今見えるのは、灯りの消えた薄暗いただずまいだ。

 奥に行くほど火の気も灯りもなかった。

 かわりに重苦しい湿気った空気が淀む。

 まるで分厚い霧の中を進むようで、息苦しかった。

 私達は、特に暗く湿った通路に踏み込んでいた。

 凝った彫刻が施された柱が続く。

 柱の灯火は消えており、闇に視界は閉ざされる。

 私は暗闇でも見えるように変わっていたし、エリは彼女特有の感覚で進んでいた。


「エリ、本当は匂いだけじゃないんだね」


 聞いてみると、彼女は闇の中で頷いた。


「エリに教えてくれる人がいるんだね。それが青い男なの?」


 それに彼女は頭を振った。


「さっき急げって言ったのは、その人じゃないんだね。じゃぁ別の?」


 離れの奥には扉があった。

 重々しい扉には鍵がかかっていた。

 するとエリは扉の壁にかかっていた、前掛けに手を入れた。


 鍵だ。


 扉が開く。

 エリは言った。


 トモダチ イッショ


 風が吹く。

 葡萄酒と木の香りだ。

 そして何かの声。


 動物の鳴き声?

 人の呻き?

 それとも


 覗き見る扉の奥には、更に濃い闇が居座っていた。

 目を凝らす。

 酒樽が両脇に積み上がっている。

 天井まで積み上げられた樽。

 そしてまっすぐに伸びる通路。

 目で追えないほど遠くまで通路がある。

 この湿気では、酒樽の役目は果たせそうもない。

 エリが私を振り仰いだ。


「もしかしなくても、奥に行くの?」


 頷くエリに、私はぎこちなく笑った。

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