第828話 挿話 陽がのぼるまで(下)⑩

 その晩は、台所の側にある小さな部屋で巫女様と一緒に休んだ。

 本館と鐘楼の探索が終わらずに、商会の人達は教会の小集会室で雑魚寝をしている。

 あの男は、交代で深夜も作業する者に混じり、納骨堂に入り込んでいた。


 そして私はと言えば、やはり夜に行き暮れていた。


 すんなりと巫女様の手をとれない理由はなんだろうか?

 単に一時的な身の保護だったら、素直に従っただろう。

 だが、私はまんじりともせずに、こうして眠れずにいる。


 巫女様は私の人生に寄り添おうと提案してくれた。

 つまり神殿という家の子になりなさいと。

 とてもありがたいことだ。

 父の事も祖父の事もそのままで良いから、私という人間を信じるからと言ってくれたのだ。

 それは今後、どのような家族の過去が掘り起こされようとも、私は神殿の子であり、巫女様に仕えるビミーネンであるという意味だ。


 心を選り分けて、そこに何か弱い考えはないのか?と探す。

 逃げるのか?

 父の記憶を又、押しやるのか?

 祖父を見捨てるのか?

 母親を忘れるのか?との声も聞こえる。

 お前は楽をしようとしているんじゃないか?

 ここ数日の出来事が、私の頭を鈍らせていた。


 ***


 次の日、食事を振る舞った後。

 商会の男たちを残して、あの男は去る。

 どうやら黒い御領主と一緒に移動する準備があるらしい。

 男が去るのを眺めながら、これで接点は切れるだろう諦めていた。

 結局、私は男を疑っていた。

 どうしても長年抱え込んだ僻みや疎外感から手を離せない。


 ここで分かれてサヨウナラだ。

 きっと私の言葉を嘘として、彼は約束など忘れるだろう。


 そんな藪睨みする私は、さぞやすねた子どものような顔のはず。

 もしかしたら、捨てられる子どものような顔をしていたかもしれない。

 ちらりと視線を寄越した男が、酷く嫌そうな表情を浮かべた。

 そして立ち去りかけた体を戻すと、踵を返して私の所へと来る。


「ブランドの旦那ぁ、お嬢ちゃんは、まだまだ子供だぁ容赦ぁしてくだせぇよ」

「黙れ、モンデリーの犬共。

 俺は頭のおかしい変質者か」

「頭はぁおかしいのは否めねぇでさぁ」

「確かに否定はせんが。安心しろ人の手配の話だ。奴らの口車にのらんようにな。

 ほら、散ってろ。鼠が来るようなら下へ連れて行け」

「了解でさぁ」


 そんな会話の後、男は身をかがめ耳打ちをする。

 ビクビクと怯えていた私は、その内容に驚き。


「じゃぁな」


 何も言えずに見送った。


 ***


 数日後、オリヴィアから手紙が届いた。

 手紙には、お祖父ちゃんの事が書かれていた。

 お祖父ちゃんは、無償奉公の奴隷として、コルテス公爵様に買い上げられたと。

 ここまで読んで、力が抜ける。

 そうしてズルズルと床にへたり込むと、ふへへっと勝手に変な声が出た。

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