第893話 モルソバーンにて 其の八 ②

 何故だ。


(何に対しての問いだ?)


 言葉の出ぬ私に、グリモアの声が言う。


(意地悪をしないでよ、皆、オリヴィアは悪くないだろう?

 そりゃぁ恨みつらみあるだろうさ。

 けどね、よくよく考えてよ。

 誰が悪いんだ?

 自分たちの胸に手を当ててみなよ。

 誰が悪いんだ?

 ほら、誰が、愚か者だった?

 ...

 答えが聞こえないねぇ〜やだやだ

 孫に当たり散らす爺婆なんて、百害だよぅ)


(黙れ、若造が..

 お主が問いは、何故、酷いことをするのか、わからぬという事だろう。

 人が愚かしいのは元よりだ。

 そして悪意は人に宿り、為した力に意思は無い。

 悍ましいのは術を施した人の方なのだ。


 特に残酷で忌まわしい行いだから選んだのではない。

 これが一番近道だと考えた者がおり、手段に用いる材料が傍にあったからだ。


 先ほども言うた通りだ。


 異界から招かれたモノは、穢れである。

 だが、それは悪ではない。

 穢れには魂や命という構造は、別のモノに見えるのだ。

 鳥が虫を餌と見るように。

 お前が林檎を食べるように。

 土塊を見れば、それが田畑に向いているかと手に取るかも知れない。

 それが粘土であれば、お前は煉瓦や焼き物に利用できるかと村人に知らせるだろう。


 招いた者が願いを叶えただけだ。


 そして穢れからすれば、ここにあるのは門の材料なのだ。)


(..さて、落ち着いてきたかな?

 僕達の無駄話を少し聞いてね。

 さて、この眼の前にある楔の模倣品について語ろう。

 なぜ、生きた人にて作られたのか?

 先程から年寄りたちがぷんぷんしながら説明した通り、材料として生きていないと駄目なんだ。

 それは魂と命の配列が、領域を繋ぐ門の配列に似ているからなんだ。

 君も見たことがあると思うけど、違う領域に踏み入るには、特別な場所が必要になる。

 覚えているかな?

 宮の主がお目通りを叶えてくれた場所だね。

 これが第四の領域の場合、その手がかりが無い。

 そこで前段階として、こちら側からの働きかけをさせるんだ。

 こちら側に門をつくる。

 侵入口を作らせるんだ。

 そして死にかけた人間は材料としては最適だ。

 冥府に渡る為、そう領域の境を越える為に命の言葉が変化する。

 死者の国へと器から魂を運ぶためにね。

 ほら、覚えているかな?

 橋を架ける方法は2つ。

 死者として渡るか、命を捧げて橋をつくるかだ。


 橋を架けし者。

 眼の前の模倣した楔は、この逆だね。


 異界の女と交わり、神は滅びに沈んだ。

 要約すれば、人間が裏切って招き入れたって感じだね。


 覚えてる?

 宮の主が言葉だ。


 過去、人は選んだ。

 己が神を選んだって事だ。

 宮の選定者も言ったね。

 目覚めのいわいである、と。


 理は崩れ、新たな理を得るには、斎をせねばならない。

 穢れを落とし、どの神に仕えるか選ばねばならない。

 神に、否、神という理を選び、命を捧げねばならない。

 覚えているかな?)


 覚えている。


(では、君はどうする?)


 私は?


 

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