第405話 屑入れ ⑥
尖塔の側の小部屋は薄暗く湿気っていた。
部屋として使うより納戸のようだと見て思う。
引退した神官様の部屋は、こんなふうではない。
神官様の部屋は日差しも入るし、湿気ってもいない。
当たり前だが一番良い部屋である。
今はクリシィが使っている。
部屋は掃除もなされていたので、到着当日から利用できた。
私の部屋は、そのクリシィの隣だ。
そこだとクリシィの部屋を温めると同じく暖かくなる。
弱った私用の乾いた暖かい部屋だ。
燃料の節約にもなるし部屋も清潔である。
さらに与えられた部屋は、可愛らしい小花柄の壁紙など女性らしい雰囲気だ。クリシィの部屋も柔らかな雰囲気なので、巫女が来ると改装したのかも知れない。
教会自体は石造りの堅牢なもので、冬ともなると室内の気温も下がりがちなのだ。
生まれてこの方、実用一辺倒の暮らし向きだった。
内心、部屋の作りが可愛らしいので嬉しく思った。
部屋が可愛らしいからだけでなく、そんな気遣いをしてくれた事がだ。
寝具の掛け物は可愛らしい縫い取りに花模様。他にも細々とした手作りの品をみれば、気配りがよくわかる。
それを考えれば前任者にもクリシィの部屋をすすめ、歓待しようとしただろう。
だが、彼はあえて薄暗い小部屋を選んだのかも知れない。
そういう質素倹約や己への何か苦行を課す人だったのだろうか?
小部屋の扉を開いたままにして中に入る。
まったく手のつけられていない室内は、人のいた気配がそのままだ。
灰になるまで焼かれた骨はとうの昔に故郷へと旅立ったのに。
さて、目録をつくりつつ貴重品の整理、それから処分すべきものを分けねばならない。
ざっと部屋を見回す。
最後を迎えたであろう寝台は、さすがにきれいになっていた。
衣類はそのまま放置されている。
いまも使われているかのように机や椅子が少し動かしたあとがある。
先ずは目についた屑入れを見て、塵があるなら処分しよう。
机の傍、網籠を覗き込む。
屑入れには、書き損じと思われる紙があった。
貴重な紙を書き損じとして捨てるとは、やはり神聖教は裕福である。
「暖炉に火をいれるわね。やだ、何を驚いてるのよ。言ったでしょ、ヴィは身体を冷やしちゃ駄目なんだから暖炉をつけるって。
もう、ぼんやりしないの。それともどこか調子悪いの?
遠慮しないで言いなさい。貴女、遠慮ばっかりして、だめよ。」
と、背後からビミンに声をかけられて飛び上がる。
どうやら、私は何かを怖がっていたようだ。
死した人の気配が怖いのではない。
私の場合、本人を見てしまう可能性があるからだ。
「ちょっと、私、そんなに怖い?
これでもちっちゃい子はいじめないわよ。もう」
「ちっちゃくないです」
「私の肩より上になったら、認めてあげるわよ、おチビちゃん」
「おチビではないと抗議します、ビミン」
「じゃぁ後でおやつの時間に出された物は完食しなさいよ」
「善処します」
「難しい言葉を使うのね、はい、暖炉はしばらく大丈夫よ。身体を冷やさないように、くれぐれも気をつけるのよ。おチビちゃん」
むぅ、っと私がするとビミンが笑った。
寒々しい部屋の中が温まったのは、きっと彼女の元気の良さもあるだろう。
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