第506話 湿地にて ③

 模擬演習は昼夜無く続く。

 基本、新兵はこの間、不眠不休である。

 交戦中という仮定のもと、限界を試す為だ。

 演習部隊には監督官が付くが、総合評価を与える上級士官も指揮所にて新人の士官の運用評価をしている。

 指揮本部の天幕には、その作戦指揮を執り行う両陣営が隣り合って指示を出していた。

 勿論、敵味方がそのような状態になる事は無い。

 あくまでも評価する上級士官が両方を見るための処置だ。

 相手方の戦略が聞こえるのはご愛嬌。

 新人らしくまわりの状況が見えていないのもあって、多少の耳情報は影響がないようだ。

 そしてそんな彼らの後ろでは、上ってくる状況情報の評価がなされている。

 実際の指揮所での動きに慣れさせる為なのかな。それにしても...


 場違いだった。

 もちろん、私が、だ。


 戦略図を挟んでの新人士官同士の激論。

 彼らの白熱の議論と検討結果を伝える為に伝令が走り回る。


 そんなワーワー言っている隣で、お茶を飲んでいる私。


 地図を広げての部隊展開の予想と、損耗の報告を同時に受けて場がわく。

 勝ち取った陣地が描き直されていく、すごいなぁ。


 と、茶を飲み、提供された食事を食べる私。


 派手な着色料まみれの兵士が、新たな報告に転がり込んで来た。

 その背中には派手な足跡だ。

 ガンガン踏まれた感じだ、怖い。


「ほら、薬も飲んでおけ。微熱がまたぶり返すぞ」


 非常に嫌だ。

 状況をのんびりと説明する男の側で、薬を飲む。

 泥と傷だらけの兵士を眺めての、ご飯。

 不眠不休でボロボロの姿を見ながら、乾いた場所でお茶菓子まで出される。


 いたたまれない。


「まぁ後、半日待ってくださいな。そのくらいで一応の結果が出ますんで」


 と、声をかけてきたのは、昨夜の食堂にて話しかけてきた大きな男、バットルーガンである。

 上級士官の一人で、今回の教練の総監督官だ。

 今年度の新人を扱う一人だ。

 この教練での受け持ちは、一大隊六百人である。

 本来は、連帯指揮をしているが、新人教育にあたっているそうだ。

 どうも先の戦闘で古参兵と入れ替えがあったようだ。

 その補佐指導の監督官がオルトバルである。

 彼女も通常は、第八で三人いる筆頭百人隊長である。

 今回は多くの人員の入れ替えがあったらしく、彼女も新人教育へと回されているそうだ。

 なにしろ、中央大陸統一王国建国以来、初めての停戦期間である。

 そして何事にも真正面から取り組むオルトバルが、新人を受け持つとなれば、結果は私でもわかる。

 新兵と一緒に走り回っているんだろう。


「半日ですか」


「中隊二つに分けて争わせていますが、無傷でいられる者も一握りに減りますから。そこで後半は反証と再編成を行います。」


 どういう意味かと、暇そうにしている傍らの男を振り仰ぐ。


「この後、その無傷の者を引き連れて、俺たちは上流に向かう。

 生き残ったご褒美だな。

 残りの死人は、この後も泥で泳いでもらう。

 今度はちょっとした夜間訓練だ」

「夜は、新人以外が襲撃側になります。いやぁ不意打ちの夜襲対応ですから、楽しいですよ」


 と、バットが言葉を結んだ。

 不穏だ。


「冗談だ、気にするな。

 オンタリオの河川を遡る。

 こっちはちょっとした散歩、護衛訓練になる。

 お前がお宝で、他は訓練だ。

 ともかくお前は体を冷やさず、疲れぬようにしていろ」

「では、教会へ」

「お前も冗談がうまいな」

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