第505話 湿地にて ②

「ここは土壌が南部辺境よりもきれいだ。

 湧き水は勿論、泥水も口をつけられる。

 伝染病も今のところ、対処可能な種類だけだ。

 風土病に関しては、お前でも生水を常用しなければ、大丈夫だ。

 蚊も冬場で少ない。

 肉食獣も小型だ。

 大型で菌を媒介するような猛獣もいない。」

「でも、楽そうじゃないです」


 私達はちょっとした丘にたどり着いた。

 丘、乾いた枯れ草の浮島というのだろうか?

 見渡す限りの泥と枯れ草の景色に、兵士達が蠢く。

 ある者は力尽きて上官に罵られ蹴られている。

 幾度目かの死亡宣告を受けての罰則、荷重の重りを増やされている者も見えた。


「今回、ここに来ているのは、教練監督官以外は新人だ。

 新人の兵士に新人の下士官。

 経験が浅いから、多少の悪条件で未だに行動に隙がでる。」


 新兵は、自分の体重分の錘を持たされる。

 そして装備は防水加工の金属装備。

 城塞を出てからずっと走り回っている。

 新兵の教練と共に、隷下部隊への統制訓練も行われているらしく、指揮官の命令が絶え間なく指揮所より伝達されていた。

 つまり延々と泥の海で走り回り、這いずり、模擬戦闘が繰り返されているのだ。

 それを適当に見て回る。

 私達は、乾いた浮島や草の上を散歩していた。

 それなりに乾いた場所もあるのだ。

 でも、それは私達だけの事で、この乾いた土地に訓練している間に上がる事はできない。

 泥から上がると荷重と共に評価が減点。

 さらに攻撃を受けて当たると更に減点。

 浮島などに上がった者を仕留めると、加点。

 一応武器は殺傷度を下げた棒や色だけをつける弓矢などだ。

 急所などに色がつくと、監督官からの判定の後に錘が増える。

 私からすると、何の苦行だと思う。

 更に、誤ってカーンや私に攻撃を仕掛けると、結果によらず即死判定だ。

 私達は歩く即死点という訳だ。

 減点は錘の加増と帰投後の訓練が厳しくなる。

 錘が増え荷重される罰は、半ば獣化させ消耗させる目的だ。


「風土病で思い出しましたが、ニコル公主の死因は病死とありました。

 身分のある方が亡くなる病気とは、どんなものなのでしょうか?」

「公式の発表は無いが、風土病だ。」

「風土病、高貴な方がですか?」

「東マレイラという土地の話になるが、聞くか?」

「はい」

「東マレイラの風土病は、飲料水の中に含まれる寄生虫が原因だ。

 その水が体内の消化吸収と病原抵抗を下げる。

 下痢、腹痛、嘔吐、発熱と一般的な感染症の症状を示す。

 これを数度繰り返すと、体内に一定の抗体を作り出す事に成功する。

 抗体を作れない場合は、現在だと薬剤での治療が可能だ。

 また、東マレイラ人にとっては、この風土病は解決済みの話だ。

 そしてコルテスへと嫁いだ公王の妹が、そのような病で死ぬという事は無い。

 貧しい下々の者だとて、他の病の要因となる事はあっても、死に至る事は無い。」

「それは」

「誰もが当時から、わかっていた事だ。

 公主が死んだ。

 病でだ。

 それ以外の理由は無い。

 当時、死因を暴き東方の関係を悪くするには時期が悪かった。」

「時期ですか」

「戦略地域を支援する南部で、困難な事態が持ち上がっていた。

 群島地域との緊張状態から、開戦が始まろうとしていたからだ。

 南領の軍事境界線を維持する軍事力を削ぐことはできない。

 東と事を構えては、背後を取られる原因にもなる。」

「ニコル公主は」

「少なくとも風土病が死因ではないな」

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