第643話 神の目 ⑦

 ***


 雨が降る。

 湖面に雨が降る。

 静かに降る雨の中、眠り馬に揺られる姿。

 追いかけて、追いかけて。

 いつしか闇の道をたどる。

 追いついたと思ったのに、どこにもいない。


 悲しいよぅ。

 どうしよう、いなくなっちゃったよぅ。

 寂しぃよぅ、会いたいよぅ。


 泣いて、泣いて、いたら、お花が言った。


 『泣いたら、駄目よ。

 悲しいけれど、悲しみすぎてもいけないわ』


 だって、いないんだよぅ。

 どこにもいないんだよぅ。


 もっと鳴いたら、お花が言った。


 『それじゃぁ、私がお友達になってあげる。

 私とアナタは、お友達。

 寂しくないでしょう?

 私達は、何処にでもいるわ。

 見送れるように、通る場所にお花をいっぱい咲かせてあげる。』


 お花は暗い場所できらきらした。

 お花、お花。

 お花のおかげでお馬さんに追いついた。

 大好きな人もいっしょだぞ。

 でも、眠っているね。

 とっても気持ちよさそうだ。

 一緒だからいいか。


 うれしい、うれしい。

 ありがとう、お花さん。

 僕のお友達。


 『いえいえ、どういたしまして。

 いま暫くは一緒に歩いてもいいけれど、きちんと、さよならするんですよ。』


 さよならしたくないよぅ。


『ゆっくりとした道行きだから、アナタが大人になる頃までは一緒にいられるでしょう。だから、それまでに..』


 なのに、突然、見えなくなった。

 お花の道も消えちゃった。

 お馬さんも、優しい人も見えない。

 びっくりして、驚いて、悲しくなった。


 どうしよう、どうしよう!

 いなくなっちゃったよぅ。

 お馬も、皆も、いなくなっちゃったよう。


 大きな声で鳴いたら、直ぐ側で小さなお花が答えてくれた。


 『大丈夫よ、私のお友達。

 私には、たくさんのお友達、姉妹がいるの。

 追いかけて、悪いことをした者を退けているわ。

 何かが邪魔をしているけれど、お馬はきちんと歩いている。

 アナタの大切な人も眠ったままよ。』


 ほんとに、ほんと?


 『えぇ、アナタのお友達は、私のお友達。

 道に戻れるように、たくさん、お花を咲かせましょう。

 お花をいっぱい、咲かせるわ。』


 お花が咲いたら、帰ってくる?


『アナタならわかるはずよ。

 本当はわかっているでしょう?』


 でも寂しいんだよぅ。


『お別れをしたんでしょう?

 本当は、お別れしたのを覚えているでしょう?』


 でも、でもぉ。


『ねぇお願いがあるの。』


 でもぉ、でもぉ。


『群れの子供が困っているの。

 お友達になって欲しいの』


 子供?

 群れの子供は守らなきゃ駄目なんだよ。


『そうね、そうね。』


 女の子なの?

 群れの女の子は、守らなきゃ駄目なんだよ。

 女の子を守らないと、一番大きなに怒られるんだぞ。

 だから、だから、でも、さびしいよぅ。

 一緒にいるって一緒にぃ。

 ニコがいなくなっちゃったんだ。

 ずっとずっと一緒にいたいのにぃ。


『その子が来たら、一緒に遊びましょう。

 寂しい気持ちも小さくなるわ。』


 そなの?

 じゃぁまた、意地悪されたら、僕、怒っちゃうぞ。


『大丈夫よ。

 もうすぐ、私達、わ。

 だって約束が破られたんですもの。

 もう、優しくしてあげないわ。

 だから、大丈夫よ。

 意地悪される前に、私達、印をつけてあげる。

 悪い人に印をつけてあげるわ。

 だから、アナタは気にしないで。

 その子の事だけ考えて。

 アナタなら、側にいてくれるでしょう?

 今度ははぐれちゃ駄目よ。

 今度は側にいて、守ってあげてね。

 きっとアナタの頭を撫でてくれるわ。

 そうして優しく名前をよんでくれるわ。

 旅立った人と同じに、アナタを愛してくれるでしょう。

 大丈夫、もうすぐ、よ

 もうすぐ、が訪れるわ』















 大丈夫。

 知ってるでしょう?

 約束を破って困るのは、自分自身。

 牢獄から許されもせずに逃げたら、自由になれるかしら?

 罪を忘れたら、許されるかしら?

 大丈夫。

 絶対に逃さない。

 私達は覚えているわ。


 案ずる事はない、小さき者よ。

 糧となりし我らは、裏切り者を許さない。

 不実な者を許さない。

 神に逆らう愚か者に、我らが印をつけてやろう。

 裏切り者に目印を。

 魂ごと業火に焼かれ、魔に堕ちよ。


 封印に手をかけた者は、神より呪われ魔となるがいい。

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