第644話 神の目 (結)

 お花さん

 お花さん

 お花は、僕のお友達。

 僕の大切なお友達。

 お花が咲いたら一緒なの。

 お花さんが言ってたの。

 だから、たくさん種をまく。

 お水にいれて、種をまく。

 もうすぐ、お花が咲くんだよ。

 いっぱいいっぱい、咲くんだよ。


 群れからはぐれた女の子。

 ひとりぼっちなの?

 お友達はどうしたの?

 おとうちゃまと

 おかあちゃまとはぐれたの?


 ニコもはぐれて泣いてたの。

 だから、僕がまもってあげるって一緒にいたの。

 ん、殆どニコに遊んでもらってたけどね。

 一緒におねんねして、

 ご飯食べて、遊んでね。

 毎日、楽しかったのに。


 悪者が出たんだ!


 僕ね、僕、1つ目は守れたんだ。

 1つ目は、飛んでくるのが見えたんだ。

 けどね、大きなトゲトゲだったんだ。

 飛ばされて、僕、お水に落ちちゃったの

 お水に落ちて、ニコとはぐれちゃったの

 そしたらね、ニコが、ごめんねって


 皆に、ごめんね

 さよならねって

 さよなら

 さよなら


 僕、お水に落ちて、離れちゃった

 泣いて泣いて

 泣いても、もう戻らないんだ。


 もう、さよならはヤダ。

 一緒にいてくれる?

 一緒にいていい?

 僕、いい子にするよ。

 悪い奴から守ってあげる。

 今度はぜったい、負けないぞ!

 今度はお水に落ちたら、お花さんも助けてくれるからね。

 だから、ねぇ

 お名前呼んで

 僕の、お名前呼んでね。

 それでね、一緒に遊ぼうよ。

 おいかけっこでもいいね。

 お歌を歌う?

 喉が痛い痛いなの?

 じゃぁかわりに僕が歌っちゃうぞ。

 えへへっ

 ニコと同じだね。

 同じ匂いがするね。

 お名前よんでね、そうして頭を撫でてね。

 僕、戻ってくるよ。

 何処にいても、僕、戻ってくるよ。

 だから、一緒にいてね。


 ねぇお名前よんでほしいなぁ。

 ねぇ、僕のお名前、知ってるでしょう?















 ***


 目を見開くと、藁の間に座り膝を抱えていた。

 しきりに話しかける声は、不明瞭な鳴き声に。

 楽しそうに喋り続けているのは、小さな姿。

 硝子のような瞳を向けて鳴く。

 それは街中で見かけた仲間たちとは様子が違う。


 額に閉じた目がひとつ。


 そこにフッサリと毛がおおい、撫でてかきあげねば見えない。

 他は普通の猫と変わりなく、見事な蜂蜜色の毛並みに、靴下のように足先が白かった。

 尾は見事な多毛で長い。

 胴体よりも長い尾を、座ると体に巻き付ける。


 そこに大山猫の姿はなく。

 可愛らしく、悲しく憐れ。

 失い迷い、それでも優しげに人の側へと歩み寄る。


 私は名を呼んだ。

 失いし声にて、かつて姫が呼んだ名を。


『テト』


 名を呼ぶと、猫は小さく答えた。

 にゃ、っと小さく答え、すり寄り喉を鳴らした。


 私は空を見上げた。

 故郷の空は、人を拒絶する冬がある。

 故郷の空は、神の威を纏い、人の心に静寂をもたらす。


 ここの空は、悲しみにぼやける。

 ここの空は、心の熾火を掻き立てて、悲しみと迷いを混じらせる。



 カーンが言う、砂漠の空が見たいと思った。

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