第177話 長命種

 侯爵は、お茶で喉を湿らせるとため息をついた。

 そして自嘲するように笑った。


まこと、簡単な話だ。

 息子は落馬し死んだ。

 そして、我は病に臥し死ぬだろう」


 それにサーレルはかぶりを振った。


随分ずいぶん端折はしょりましたね。

 御子息は、ただお亡くなりになった訳ではないでしょうし、侯爵殿がその辺の病で臥すとは思えない。

 何故なら貴殿は、人族の長命な御方だ。

 それも特に古いお家柄の、直系。

 そんな御方が病、ですか?笑えない冗談ですね」


 サーレルの指摘に、侯爵は笑みを深くした。


「そうだ。

 我は特に血が濃い故、病む事は無い。

 そして息子は、落馬程度では死なぬ」


 これは私にも分かる話だ。

 人族の特に古い血筋の長命種は、滅多な事では死なない。

 ほとんどが他の種族がかかるであろう病に、罹患りかんしないのだ。

 怪我も欠損が大きく、余程の傷でなければ、彼らは持ちこたえられる。

 老いも死期が迫らねば、面にも現れない。

 獣人のような生命力と再生力は無いが、長命種は長く生きる事に優れていた。


「だが、死にがたいだけで、死なぬ訳ではない」


 私の考えが聞こえたように、侯は続けた。


「老いれば死ぬ。

 首をねれば死ぬ。

 臓腑ぞうふを抜かれれば死ぬ。」


 侯爵は枕に頭を沈めた。


「我々は化け物ではない。

 ただ、他の種よりも病に、怪我に強いだけだ。

 貴殿獣人のように、命が強い訳ではない。

 剣で斬られればあっけなく死ぬ。

 なんの変わりもない命よ。

 首をき斬られ、血を抜かれれば当然死ぬのだ。」


 その言葉に、サーレルは笑みのまま答えた。


「御子息の最後ですか」

「そうだ。

 血を抜かれ、領地の外れに投げ捨てられておった。

 それが今年の初秋だ」


 残酷な話に、私は思わずエリを見た。

 エリは、とても真剣に侯爵の話を聞いている。

 その顔に怯えは無い。

 だが、面には出ない事もある。

 そっとその肩に手を置いた。

 エリが私を見る。

 その瞳は輝き、しっかりとしていた。


「本来なら、女子供に聞かせる話ではない。

 だが、使者殿の連れとして、我が領地に足を踏み入れた。

 何が起き、どう身に降りかかるか、わからぬ今。

 聞いておくのが身のためだ。

 しっかりと、この無様な有様を見て、聞いておくがいい」


 私とエリのやり取りを見て、侯爵は続けた。


「今、この地は醜い思惑で溢れている。

 残念な事に、そこの使者殿が訪れた事により、欲に駆られた鼠どもが、薄汚いどぶよりい出してこよう」

「なるほど。

 子供を届けるだけのお使いが、どうやら浅ましい者には、意味ありげに見えると」

「お陰で、死ぬ前に溝掃除がはかどりそうだ」


 サーレルと侯爵は、同じような薄笑いを浮かべた。

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